
2010.05.06
MUSIC|サンハウス×ヒステリックグラマー コラボレーション記念
柴山俊之×鮎川 誠×北村信彦 大人ロック鼎談 (1)
ボーカル 柴山俊之、ギター 鮎川誠、篠山哲雄、ドラム 坂田“鬼平”紳一、ベース 奈良敏博の5人のメンバーからなる“めんたいロック”ムーブメントの始祖 SONHOUSE(サンハウス)。1978年に惜しまれながら解散した伝説のバンドの35年におよぶ軌跡を収めた全8枚組のスペシャルボックスが先日リリースされた。また、それにあわせ全国ツアー「35th ANNIVERSARY TOUR」が5月9日(日)を皮切りにスタートする。
再結成ツアーにさいし、北村信彦率いる「HYSTERIC GLAMOUR(ヒステリックグラマー)」人気のロックTシャツシリーズに、ブランド初となる日本人アーティスト サンハウス バージョンが登場した。この夢のようなコラボレーションを記念して、ジャパニーズロックの夜明けをよんだ“バンド稼業”の第一世代 サンハウス 柴山俊之、鮎川 誠と、その後輩世代にあたる北村信彦の、世代を超えた3人による鼎談がひらかれた。時代とは、音楽とは、そして“ロック”とは──。
文=オウプナーズ
写真=鈴木健太
いまのロックは自分が求めてるものからかけ離れていってる──
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──北村さんのSONHOUSE(サンハウス)歴とは?
北村 じつはここ2年以内なんです。ロックに目覚めたのは1970年代半ば、当時中学1年生くらいのときなんですが、そのときは日本語におけるロックというものにまったく興味がなくて、やっぱりロックは英語じゃなきゃ、なんて思ってたんです。僕が唯一触れた日本のロックは、忌野清志郎さんやPLASTICS(プラスティックス)、そして鮎川さんのSHEENA & THE ROKKETS(シーナ&ロケッツ)だけでした。はじめて日本のバンドのコンサートを観に行ったのはシーナ&ロケッツだったんですよ。
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北村信彦
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鮎川 久保講堂にきてくれた800人のなかのひとりに北村さんがいたってことを聞いて、いますごく感激しました。うれしいことだし、ありがたいことだし、それって本当にすごいことだと思う。
北村 鮎川さんの存在をとおして、かつて九州にサンハウスというバンドがあったことを知りました。そのあと東京ROCKERSブームのころにフリクションなんかもちょこっと聴いてたんですけど、結局洋楽にもどっちゃったんです。それからずっと海外アーティストばかり聴いてきましたが、ここ2年ほど前に聴くものがなくなってしまった。それに、みんなデジタル化してしまって、いまのロックは自分が求めてるものからかけ離れていってるなって思いもありました。そんなとき、そういえば自分の国の歴史を探ったことがないことに気がついて、1968年、ちょうどグループサウンズ解体後くらいの音楽から聴きはじめたんです。最初は英語で歌っている日本のバンドを聴いてたんですね。
柴山 フラワーズとかもそうですよね。
北村 そうですね。当時は英語で歌うべきだとか日本人だから日本語で歌うべきだっていう論争もあったとか。そういう歴史を聞きながら考えると、やっぱり感情や自分の思っているビジョンを伝えるには、日本人は日本語のほうが伝わりやすいことに気がついた。それから日本語のロックを聴くようになって、それがほんと2年ぐらい前ですね。いろいろ聴いてるうちに、しだいに英語の曲が聴けなくなってきました(笑)。