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The Beetle Presents Tokyo Crossover/Jazz Festival" 2011 クラブ・ジャズ&クロスオーバー・ミュージックの祭典 いよいよ12月16日開催! 対談 沖野修也×松岡“matzz”高廣
2003年から、国内外のクラブ・ジャズ/クロスオーバーミュージックの精鋭たちが集まり、あたらしい時代のジャズを模索しつづけてきたライブ/DJイベント「Tokyo Crossover/Jazz Festival」。2年ぶりの開催となる今回も、ジャズ、アフロ、ソウル、テクノなどなど、プロデューサーである沖野修也の感性を刺激する多彩なアーティストたちが集う。開催が刻々と迫るある日、その沖野修也と、メインフロアのライブセットで沖野と共演するquasimodeのパーカッショニスト・松岡“matzz”高廣が、出会い秘話からイベントにかける思い、そしてこれからを語り合った。
文=大久保 和則
写真=JAMANDFIX
「修也さん」と「マッツ」の意外な接点沖野 じつは、マッツとの出会いにかんしては、まだ話してない秘話があるんだよ。松岡 秘話なんてあるんですか? 沖野 もう覚えてないけど、マッツって、すごい昔にうちの事務所のスタッフ募集に応募してきてたんだよね。
松岡 (爆笑)。たぶんそのころって、僕が「The Room」にお客さんとして通っていたころですね。その後、きちんとご挨拶させていただいたのは、quasimodeがファーストアルバムを出したころだったと思います。 沖野 イギリスのDJのパトリック・フォージが気に入って、向こうのラジオでかけてるって聞いて。それからquasimodeを知ったんだよね。パトリックには、「日本人なのに、日本人のバンドを知らないのか?」って言われたけど(笑)。 松岡 quasimodeのプロデューサーが、たまたまリリース前の音源をパトリック・フォージにわたしてたんですよね。 沖野 quasimodeの印象は、インテリジェンスがあって、リリカルで端正というかスマートな感じがした。もちろん若さや熱さもあるんだけど、SOIL & PIMP SESSIONSや僕がプロデュースしたSLEEP WAKERなどがもってる、ある種のハチャメチャさとはまたちがう質の熱さが、あたらしかった。 松岡 そう言っていただくと、素直にうれしいです。僕は、さっきも言いましたけど、もともとはお客さんとして「The Room」に来ていた人間で、そのころから沖野さんがすでにシーンの頂点だったし、憧れの存在でしたからね。 ──松岡さんは、沖野さんのどんな部分に憧れていたんですか? 松岡 僕は、いわゆるミュージシャンが演奏する生音のジャズとクラブ・ジャズにはまりはじめたのが同時期だったんです。でも、当時の生音のジャズって、座ったまま聴いて、曲が終わったら拍手してっていう感じで、全然かっこよくなくて(苦笑)。僕が影響を受けた60〜70年代のジャズって、お洒落した黒人がかっこよく踊ってるスタイリッシュなイメージだったのに。そんなときに、沖野さんの存在を知って、見た目も音楽も本来のジャズをやっているのはこのひとだなって。
沖野 そうしたほうがいいって言われることもあるんだけど、そもそも権力者とか嫌いなんだよね(笑)。偉そうにするぐらいだったら、若い子にタメ口きかれるほうがいい。実際こないだも、ハタチぐらいの男の子にタメ口で話しかけられたし(笑)。 松岡 なんて話しかけられたんですか? 沖野 「いやー、君のDJよかったよ。名前なんつーの?」「沖野です」「覚えとくよ」って(笑)。 松岡 超タメ口(笑)。 沖野 スタッフのあいだには緊張感が走ったけど、その彼は僕が同世代だと思ってるわけだから。クラブは暗いから、年齢とかよくわからないし(笑)。でも、それってじつはクラブの本質だと思うんだよね。年齢も性別も、人種もキャリアも関係ない。共通項は、「ただの音楽好き」っていうことだけ。俺がハタチのときに行って衝撃を受けたロンドンのクラブは、本当にそういう雰囲気だったから。
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