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写真=新津保建秀
LOUNGE INTERVIEW
2009.09.07

完全アコースティック ピアノソロ作

『ATAK 015 for maria』 リリース

先鋭的ミュージシャン、渋谷慶一郎 インタビュー

 
渋谷慶一郎、または彼が主宰するレーベル「ATAK」と聞くと「電子音響の最先端」もしくは「科学による音の追求」、「アートとサウンドの境界」。そんなイメージが浮かぶ場合が多いのではないだろうか? 実際、彼が2006年に複雑系研究者、池上高志(東京大学教授)と発表したサウンド・インスタレーション作品「filmachine」は音が3次元で聴こえる、というじつに先鋭的なものであったし、渋谷自身も「僕にとってアルバムは研究論文みたいなものである時期の興味をまとめたもの」と活動を振りかえる。
そんな彼が全編ピアノアコースティックのアルバムを9月11日に発表する。
いったい彼にどんな変化があったのか、そして彼が培ってきた知識、経験、技術はどのように駆使されているのだろうか?

弊誌は渋谷慶一郎に話を聞いた。

Text by OPENERS
 

アルバムタイトル曲「for maria」がスタート地点となって、今作はうまれた

──「完全アコースティック」というコンセプトはいつごろからお持ちだったのですか? また、どのようにしてうまれたのですか?

以前から周りに「ピアノのアルバムを出せば? 」と言われてましたし、僕自身も(2008年に他界された公私のパートナーである)マリアと、ピアノをつかってなにかやろうとはつねに話していたんです。そこには、音楽以外の分野だとカッティングエッジなものが偏在しているのにかかわらず、そういう先鋭的なことをやっているひとたちが聴いている音楽は相変わらず60年代のロックだったりする――という居心地の悪さもありました。ただ、“音色(おんしょく)の官能性を感じる前に、入りやすい入口が用意されている”という意味で非常に完成された楽器であるピアノは、僕らが感じていた違和感を埋めるにも最適なメディアなのではないか、なんていう話もしていたんですね。
ただ2005年からはじめた池上高志さんとの共同研究が予想以上におもしろく、可能性も感じていたので、そこに精力を注いでいたしものすごい集中力で進んでいたんです。

──その成果がかたちになった、山口芸術センター(YCAM)で発表された「filmachine」も話題になりましたよね。

そのインスタレーションをベルリンでも発表して、同時に行ったライブも大成功をおさめて、「今はもうこれ以上行けないな」というポイントまで行ったんです。それで、どうしようかという時期にマリアが亡くなりました。
 
写真=新津保建秀
彼女がいなくなった後は、音楽を作ろうと思ってコンピュータに向かっても、音がまったく新鮮に聴こえなくなってしまったんです。今までは、マリアがおなじ部屋にいて、そこに彼女の声があった。それが、いまは、ない。彼女の声が聴きたいという欲求があるなかで、自分がつくる電子音のループを、黙って、マウスを握ったまま聴きつづける――そんな状態には耐えられなかったんです。でも音楽はつくりたい、と。それでピアノをパラパラと弾いてみたら、いままでとは全く違う感覚があったんです。ピアノを弾くということによって、頭だけでなくからだもつねに動いている、という状態に救われたというか。

 
──さまざまなタイミングが重なっての、ピアノソロ作品のリリースなんですね。時がきた、というか。

マリアがくれた機会のような気がしています。すごく皮肉なんですが。同時に、1曲目の「for maria」を作ったときは今までにはないプレッシャーのなかで過ごしていました。それが結果的に優しい音楽になったのは何となく「こういうことか」、という気がしています。これは去年のマリアの誕生日にあたる9月11日に彼女の追悼のコンサートのために書いた曲なのですが、その当日の朝6時にやっとできたんですよ。

──その「for maria」は、アルバムタイトル曲でもありますよね。

そうです。このアルバムはこの曲からスタートしています。
 

“気配が感じられる”音楽を

今作は一聴する限り、完全にピアノのアコースティックアルバムだがそこには音の科学に何年も身を投じてきた渋谷だからこそ成しえたこだわりが隠されている。
 
──今作はピアノしか用いていない完全にオーガニックなものですが、録音やマスタリングには徹底的とうかがっています。

“すぐそばで、好きなひとがピアノを弾いているのを肩越しに聴いている”というのが一番贅たくだと思うし、そんなintimate(=親密)な気配を出したかったんです。立派なホールの音がするCDではなくて。その希望をオノセイゲンさんに伝えてどう録っていくかなど相談しました。それには、その瞬間の全てを収められる解像度が絶対条件だったので、DSDというスーパーオーディオCDに用いられるフォーマットでレコーディングして、ミックスとマスタリングもひとつづきの行程でおこないました。そうすることで、非常にリアルな音がこのCDには入っています。それは限りなく現実、ありがちな言葉で言えば“生”に近い音なんです。

──「曲」そのものだけでなく、それがどのように聴こえるか、という次元においてもマリアさんへの想いがつねにあったのですね。

マリアはすごく音楽に厳しかったし、彼女がこのアルバムをよろこぶように、最上のクオリティで完成させなければ意味がない、という気持ちはレコーディングからマスタリングまでずっと頭にありました。というかそれしかなかったかもしれない。だから、まわりは辟易していたと思います。セイゲンさんにも「DSDでここまで細かくやったひとはいない」と言われたほどです。
 
写真=新津保建秀

テクノロジーを駆使したアコースティックアルバム

──今作を完成させるにおいて、いままでの電子音楽の作曲とどのようなちがいがありましたか?

それが、何もないんですよね。これは意図していたわけではなく偶然わかったことなのですが、ピアノをレコーディングするときと、「filmachine」のなかで24個のスピーカーに囲まれてどんな音がでるか実験しながら作曲するとき、さして差はなかったんです。

──と言いますと?
 
僕は、創造というのは自分の意図やコンセプトを超えないと意味がないと思っています。今回のレコーディングはコンサートホールを借りきってまる1日とり憑かれたかのように弾きまくっていたのですが、そのうち段々弾き方が自分が思い描いていたものと離れてくるんですね。もちろん楽譜という意味では一緒なのですが、強弱であったり音のバランスなどが、レコーディングの最中にどんどん離れていったり、またはもどってきたりするわけです。その“離れる”瞬間、というか自分のイメージを超えたような弾き方が来るときを待っていたと思うんです。それをすべて録音した数ギガにも及ぶデータをチェックして編集作業をしたのですが、それも想像できないくらい細かい編集になるときもあります。極端な話をすれば“この1音だけワンテイク目をつかって、ここからここまでは別のテイク”というときの1音というのが本当に一瞬なんだけど、そこを変えることによってすごく全体が変わることがある。
 
──そんな“編集感”はまったく感じさせない作品にしあがっていますが!

写真=新津保建秀
そこが今作の成果かな、とも思っています。単純にいまコラージュ感というか編集感があったらダサいと思うんです。メロディ自体はエモーショナルな印象を受けるかもしれませんが、曲を“仕上げていく”という過程においては最先端のテクノロジー――それは、今まで触っていたのとはまったく別種のテクノロジーですが――に触れてきたかどうかは、“最良の選択”を厳密に吟味するという意味では大きいと思います。僕はピアニストでもあるし、同時に作曲家でもあるから、“ここをどうしたい”というときに必要があれば容赦なく編集するし、そのためにテクノロジーも駆使します。それがアコースティックのアルバムでも。

──ピアノだけ弾いているピアニストではこういう作品は作れませんよね。

そう思います。
 
──今作のリリースを控えて、どのような心境ですか?

なんか、楽しみという気持ちが大きいですね。いままで僕の音楽を聴いてくれたひとたちのなかでも「あれだけ過激だったのにこんなにわかりやすくなっちゃって」と言ってはなれちゃうひともいるかもしれないし(笑)、「なるほど。渋谷がピアノでやるってこういうことね」って思うひともいるだろうし――いろんな反応があって良いんじゃないかなって思っています。僕は元々やりたいようにしか出来ないし、それは今回も変わっていないですね。やりたいようにやっているから反応は楽しめる。あと、もっと色々な人に聴いてもらいたい、文脈をぬきに聴かれた反応に触れたいという気持ちはあります。

──実際、どんなひとでも聴きやすいアルバムですよね。リスナー層も広がるのではないかと。
 
そうですね。先入観なく聴いてすんなりと入ってくるものになっていると思います。それは意識的です。ただいわゆるクラシックではない今のピアノのCDが欲しいと思っているひとに聴いてもらいたいですね。そのときに「このリアルさってなに? 」って、思うひともいるかもしれないし「あー綺麗な旋律ね、ロマンチックね」っていう風に受け止められるかもしれない。どちらでも良いんです。ただ、そういうふうにさまざまなレイヤーでの受けとりかたができる表現、というのは、現代的だと思うんです。その間口はすごく広くしているつもりです。あと急に大きい音がしたりするアコースティックのアルバムがありますよね(笑)? 現代音楽でもジャズでもクラシックでも。僕はあれが非常に好きじゃないから避けました(笑)。ただ全体的にリスナーというか伝えるという意識に対して積極的になったというのは、いままで自分が興味あることだけに邁進していた僕にとって、大きな変化かもしれませんね。
 
さまざまなタイミングが重なり、満を持してのピアノソロアルバム。作品にこめられた想いは非常にパーソナルなものではあるが、渋谷の言うとおり、ここまで受け手に対して“自由度”をあたえた作品ははじめてではないだろうか。「自分の想像を超えたもの」をつくりつづける彼の今後の活動が楽しみである。
 
タイトル|ATAK015 for maria
アーティスト|Keiichiro Shibuya
価格 |2500円
リリース|2009年9月11日
発売元|アタック・トーキョー
info@atak.jp

http://www.amazon.co.jp/ATAK015-maria-Keiichiro-Shibuya/dp/B002LFZFPC/ref=pd_sim_m_1
 
トレーラー、試聴は下記URLより動画にて公開中。
http://www.youtube.com/watch?v=dgnCUxpsNKM&eurl
 
 
sound tectonics #8 / installation
渋谷慶一郎+evala 新作サウンドインスタレーション
'for maria instaration version'
日程|2009年10月1日(木) 〜 2010年1月31日(日)
場所|山口情報芸術センター 中庭A・B

YCAM ホワイエ両側の、ホリゾントによる特殊な音響で知られる中庭に、実験的に加工されたピアノのサウンドによるインスタレーションが登場。最高水準の技術によって録音されたベーゼンドルファーのサウンドが、コンピュータによって多様に加工・解体され、音像の移動や空間構成が複雑にジェネレートされます。斬新なピアノサウンド表現によって新たな空間を体感することができます。

主催:財団法人山口市文化振興財団 企画:山口情報芸術センター
後援:山口市、山口市教育委員会 協力:YCAM InterLab、ATAK
www.ycam.jp
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