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2009.06.29

ラットホールギャラリー│第44回 北島敬三個展「PORTRAITS」 (2)

絶対に不思議なものができるという確信

 
前回に引きつづき、「PORTRAITS」展のオープニングに際しておこなった、北島敬三氏へのインタビューの模様をお伝えします。
世界の都市でのスナップに対する限界を感じ、1992年を境に街からスタジオへと、その撮影スタイルを大きく変えた北島氏。彼は、そこでなぜポートレイトという手法を選択したのか。今回は、気になるその真相へと話を切り込んでいきます。

Photo by Jamandfix
edit by TAKEUCHI Toranosuke(City Writes)

私にとっての面白い街もなくなってしまった

──一見新鮮に見える写真でも、必ず元になるイメージがどこかにある。そこに「見る」という行為の精度の限界を感じたということですが、そう思われたことがスタジオで撮るきっかけになったんですね。

それがもっとも大きな要因ですが、もうひとつ、街自体も私にとって面白くなくなってきたという理由があります。

──それは世界中どこに行ってもということですか?

面白いところはきっと世界のどこかにはあるでしょう。たとえば南極に行けば、面白い写真は撮れると思います。
でも、そういうことじゃないんです。私がはじめて街のスナップを撮ったのはベトナム戦争が終わった1975年。沖縄のコザという基地の街に行ったんですが、コザというのは当時、いわゆるAサイン(米軍人、軍属が店を利用してもよいという許可証)バーのある盛り場だったんです。
ところが今は、そういうところじゃありませんよね。新宿も60年代、70年代にはアンダーグラウンドな街でしたが今はちがいます。80年代には西ベルリンに住みながら東ヨーロッパを撮りましたが、89年にベルリンの壁がなくなり、ソ連もなくなった。要するに、私は冷戦時代の面白い街を撮ってきたのに、いまやそれが全部なくなっちゃったんです。

──面白さというのは、つねに自分が生きた時代性に連動しているということですか?

そうだと思います。自分が生きた時代や政治性がからんだ上での面白さということに当然なるでしょう。だから、南極に行けばいい、アフリカに行けばいいということではないんです。もちろんそのときは感覚的に行くわけですが、結果的に“そういうものがふくまれてしまう”ということだと思います。そういう時代の変化と、先ほど言った予定調和的感覚が相まって、スナップじゃないなと思いはじめることになったんです。

今、肖像写真を撮るならどう撮るか? と仮定してみた

──なるほど。でも、そこでなぜ、「スタジオでのポートレイトだ」と思われたんですか?

もちろん、すんなりそこに行けたわけではありません。疑問を感じはじめて2年ぐらいは写真を撮りにくい時期もありました。そんなとき、あらためて昔の自分の写真を見ていくと、どうも自分はひとの顔を撮りたいと思ってるんじゃないかと感じ、じゃあひとの顔をひとつのテーマにしてみようと思ったんです。で、ひとの顔の写真といえば、ポートレイト=肖像写真という定型があるじゃないですか。そこで、ちょっと発想の転換をしたんです。
つまり、ひとの顔をどう撮るか? と考えるのではなく「今(1991年)、定型である肖像写真を撮るならどうするか?」という課題を出されたと仮定しました。そうすれば、その答えを出せばいいだけですから。そこで私が出した答えが、この「PORTRAITS」のやり方だったというわけです。おそらくあのとき、街で声をかけてひとの顔を撮るような、それまでの延長線上の発想でやっていたら、うまくいかなかったでしょうね。

──なるほど。「PORTRAITS」とそれまでの活動はコインの表裏みたいな関係というわけですね。では、同じ時期から、人のいない風景だけの写真も撮られていますが、あれはどういう意味ですか?

もともと自分の写真から肖像という答えを導き出したわけですから、残った風景がもったいないじゃないですか。それで今度は、ひとのいない風景だけならどう撮るか? と考えて、あれをはじめたんです。

──ということは、北島さんの肖像写真と風景写真も、ある種、以前のスナップがふたつに分かれたものともいえるわけですね。

そうです。

──では、いよいよ今回展示されている「PORTRAITS」についておうかがいしたいと思います。こうしてあえて無機質に撮られたおなじ人物の肖像が並んでいるのを見ていると、ちょっと恐いくらいに強烈なものを感じます。
一見おなじような写真のなかに、時間による変化を帯びたおなじひとがいるという不思議さ。こういう結果になることははじめから予想されていたんですか?


いえ、はじめは全然予想していませんでした。というのも当初の発想は、そこではなかったからです。たとえばモータードライブで連続した顔写真を5枚撮るとします。そうすると、ほとんど全部おなじように写るじゃないですか。でも、一枚一枚は別の写真であり、それぞれに単独性というか交換不可能性があります。そこに自分にとっての写真性を感じたのがはじまりでした。
結果的に長い期間つづけたのは、それを1年に1回、10年つづけたら、その単独性がより歴然とするんじゃないか、という発想からでした。だから最初は、自分とおなじ30代くらいで、できるだけ変化しなさそうなひとを選んだんです。でも、どうなるかはわからないけど、絶対に不思議なものができるという確信はありました。

北島敬三個展『PORTRAITS』(3・最終回)へつづく
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