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2008.06.20

高橋幸宏 × アトム・ハート(セニョール・ココナッツ)対談

“共感”こそ音楽という文化が持つ強み(後編)

クラフトワークやYMOなどのラテン・カヴァー集をセニョール・ココナッツ名義でリリースしているテクノミュージック アーティスト、アトム・ハートことウーヴェ・シュミット。
ソロ・ライヴのために来日した彼と、新バンド“pupa(ピューパ)”を結成した高橋幸宏が、お互いのもつカヴァー曲への概念や、今後の音楽的アイデンティティのあり方についてなど、お互いの感覚や思考をたどった対談の後編。


構成=吉村栄一
Photo by Jamandfix
取材協力=bERGAMO



──アトムさんも、幸宏さんも参加したユニットやバンドがすごく多い。それらすべてのバンド名やユニット名、憶えていますか?

アトム とても憶えられない(笑)。

高橋 う〜ん…、憶えてる…と思う(笑)。一応、インタビューではそう言っておかないと(笑)。

アトム それは正しい! ぼくもこれからは「ちゃんと憶えてます」って言おう(笑)!

高橋 そう、それがいい(笑)。ぼくはいま、『pupa(ピューパ)』という新しいバンドを始めて、それは以前から一緒にやっている仲のいいミュージシャンたちと一緒にやっているんです。みんな腕のいい30〜40代のミュージシャンで、ぼくだけ50代(笑)。ヴォーカルは原田知世ちゃんで、こういう形のバンドをずっとやってみたかったんです。

アトム 『pupa』って、サナギという意味でいいのですか?

高橋 そう。ぼくは釣りが大好きで、フライ・フィッシングでは水棲昆虫の形をした毛針を『pupa』というんです。アルバム・タイトルも『フローティング・ピューパ』。川を感じさせる歌詞が多いんだよね。全員が曲を書けるから、すごくいい作品がいっぱいできていて、まとめるのが大変(笑)。

アトム う〜ん、想像したくないですね(笑)。

高橋 でしょ! アトムは血液型はなに?

アトム 血液型? え! なんだろう。昔調べたけど忘れちゃいましたね。

高橋 日本では血液型がB型の人は変わっているという本があって、それがベストセラーになっているんですよ。で、『pupa』のメンバーは、ぼくと知世ちゃん以外は全員がB型。しかも男4人がB型だから、彼らをそのままにしておくと、どうなるかわからない(笑)。もう、本当にいい意味でも悪い意味でもみんな勝手なんだから!

アトム ははは(笑)。でも、音楽を作る上では、民主的なやり方のほうがいい作品ができるかというとそうでもなくて、自分の中にある明確な目標や意識を強く打ち出したほうがよくなることも多いですよ。中途半端に他人の意見をとりいれると失敗したりね。

高橋 そうだよね。アトムの場合はソロ名義の作品と、大所帯のセニョール・ココナッツ名義の作品では、どう自分の意思をつらぬき通すかってちがうわけでしょ?他人とコラボレートする場合は、いかに自分の意思と他人の意思をうまく融合するかってところがおもしろいし、そうじゃなきゃ、コラボレートする意味もないし。
そういう意味では、今回の『pupa』のレコーディングは本当におもしろかったですよ。YMOの3人のときは独特のテンションになっちゃうけど(笑)。

アトム やはり才能を持った3人が化学反応を起こすときは、すごい緊張感が生まれるんでしょうね。

高橋 8月に出るHASYMO名義のシングルの場合は、あらかじめ曲を作らずにスタジオに一緒に入って、ドラムとベースとピアノだけで1時間くらい、シーケンサーもなしでクリックだけ聴きながらずっとセッションしていた演奏の中から、最終的にちゃんとした曲を編集して作り上げたの。いいものができたんだよ。

アトム そういうやり方もあるんですね。

高橋 いいアイデアでしょ。実際にやると大変なんだけどね(笑)。でも、出来上がった音は本当にYMOのサウンドなんです。とくに細野さんのベースは、細野さんにしか弾けないYMOのベースになっているし。そこはやはりバンドでやる楽しさだね。

アトム ぼくも過去10年にいろんなバンドやユニットをやったけど、バンドには独特の高いテンションがあって、それは非常にスリリングだけど、疲れもする。

高橋 バンドでも即興的にラップトップとハード・ディスク内のデータをつかってというカタチなら気楽にやれるんだけれど、YMOの場合はそうじゃない。今回は教授(坂本龍一)がすごくがんばってくれていいものができたけど、やっぱりスリリングですよ(笑)。

アトム 想像できます(笑)。

高橋 ぼくが歌詞をつくって歌を入れて、そのデータを細野さんに渡して手が入り、それを教授が「この歌詞は、こうなおしていいかな?」なんてやりとりをして──。でも、セニョール・ココナッツでアトムと一緒にやっときもそうだったね。

アトム その通りです(笑)


──そのHASYMO〜YMOは、6月にひさしぶりのロンドン公演を行いますね。

高橋 80年のロンドン公演はすごく成功したと思うんだけれど、ぼくが7か月ぐらいロンドンに滞在してた81年には、一般のリスナーにはあまりYMOの影響というのは感じなかったんです。でも、ウルトラヴォックスとかジャパンのようなミュージシャンには大きな影響をあたえていたようで、ABCのデヴィッド・パーマーなんかは、YMOの国内ツアーに参加するためにバンドをやめちゃったぐらいだからね。

アトム ニュー・ロマンティックのムーヴメントの頃でしょう?

高橋 まさにその最中。そこでぼくは『ニウロマンティック』というアルバムをレコーディングしたんだけど、それは「ニュー・ロマンティック」じゃなくて、「ニューロン(神経)」と「ロマンティック」をかけて、「ロマン神経症」という意味で、のちにSF作家のウィリアム・ギブソンが発表した『ニューロマンサー』と共通する造語なんですよ。

アトム 先駆けですね? YMOが世界に出ていく日本のバンドの先駆けだったように。

高橋 そうね。でも、YMOで世界に出たときは嘘ばかりついていたよ(笑)。日本に対して誤解している外国のジャーナリストの質問もいっぱいあって、例えば「東京では公害がひどくて、街を歩く人はみんなマスクをしているのか?」なんて質問に、ボクらは「まさにその通り。マスクをしないと外に出られない」とか、「東京人はみな神経症である」とか(笑)。

アトム あははは(笑)

高橋 ぼくらの最初のワールド・ツアーが1979年なんだけれど、当時はとにかくワールド・ツアーをするとなると、外国でプロモーションをする以上に、まずは東京や日本のプロモーションをしないといけない時代だったんです。いまコーネリアスとか若いアーティストが自然に海外にでていくのとは、まったくちがう感じだった。80年代にYMOが海外に出たころは、「いまはどこどこの都市がおもしろい」というムーヴメントがあったんですよ。「いまはニューヨークの音楽がおもしろい」とか、「東京の音楽がいちばん」という流行りがあったけれど、それはいまはないよね。すでに都市じゃなくて、個々の人間のおもしろさが問われる時代になっている。どこに住んでいようと、おもしろい人はおもしろいから、どこにいようと、いかに自分のアイデンティティを保つかが問われる。自分自身がしっかりしていればいい。もう東京のプロモーションはしなくてもいい時代になって、これは本当によかった(笑)。

アトム 西洋的な史学の観点では、まずいちばん古い世界がヨーロッパ、次に中東やアフリカ、そして新天地としてアメリカ、オセアニア。最後に「発見」されたのがアジアで、その分、ヨーロッパの人々から見ると無理解と、逆に無理解ゆえの憧れがあって幻想を抱くんだと思います。そして、一般的にはそうした文化的な無理解がありながらも、ウルトラヴォックスやジャパンの例からも、たとえ文化的にも地理的にも遠く離れたアジアから来たアーティストも、音楽という共通項で即座にわかりあえて共感できるということはすばらしいことだと思います。それこそが音楽という文化の持つ強みで、ぼくが『アラウンド・ザ・ワールド』を作った動機のひとつなんです。

(おわり)
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