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スペシャル企画
スペシャル企画 野宮真貴×菊地成孔『エレガンスな対談』の最終回。 こんかいのリサイタル『エレガンス中毒』のおふたり的なみどころ、野宮さん、菊地さん、それぞれに対するイメージやはじめての仕事上の出会いなど、プライベートな部分もふくめたおはなしとなりました。 文=金子英史(本誌)
Photo by Jamandfix
──おふたりの最初の出会いは、いつですか? 菊地 仕事上の接触は、先に小西さんと知り合っていたんです。ピチカート・ファイヴのアルバムにスタジオミュージシャンで参加したことかな。でも、小西さんだけだったんで、そのときは野宮さんとはお会いしていないんです。ただ野宮さんがデビューしたときから、ずっと知っているんですよ。 野宮 そう!さっき聞いてビックリしたんです。ピチカート・ファイヴの前のバンド、ポータブル・ロックから見てるって言われて。 菊地 そうなんです。野宮さんがピチカート・ファイヴに入ったときも、「入ったんだ!」って思っていたくらいなんで。デビュー・アルバムも持っているしね。だから、野宮さんのことは存じ上げていましたが、いっしょに打ち合わせしたり、直接お仕事をさせていただいたのは、06年におこなったスパンク・ハッピーのいちばん最後のライブのボーカルを野宮さんに歌ってもらったときかな? いや、野宮さんの04年のソロアルバムで作詞したときですね。 ──野宮さんがもともとのイメージしてた菊地さんとはどんな方ですか? 野宮 もっと神経質な人かと思っていたんですけれど、全然そうじゃないんです。クールな印象だけど話すとおもしろすぎる方ですよね(笑)。 最初にお会いしたのは、打ち合わせで六本木ヒルズまで来てもらったときなんですけれど、そのときはすごい雨が降っていたんですよ。菊地さんは長いコートを着ていられて、すごくオシャレなひとだなあと思いましたね。 場所が禁煙のカフェで、喫煙所が外にあったんだけれど、菊地さんがタバコを喫いに何度も外に出ていたのを覚えています(笑)。 ![]() 菊地 でもね、そのちかくに奥菜恵元夫妻がいたんです。って、この話はぜんぜん関係ないよね(笑)。 そこのカフェにプールが付いていて、塩素の匂いで興奮したんですよ。だから、いっぱいタバコを喫っちゃったんです。
菊地 音楽の作業じたいは、昨日、今日はじまったわけじゃなくて、スパンクハッピーの最後のライブとかもご一緒させていただいていて、野宮さんの歌は、ライブといわず、レコーディングといわず、CDや他の部分でもご一緒しているので、もう野宮真貴そのままの感じですよね。 野宮さんのパブリック・イメージは本人の感じとはぜんぜんちがうと言ったんですけど、歌だけはパブリック・イメージの通りなんですよ。 歌声は本当にプラスティックで、機械的にうまいんだよね。その通り歌えるというか、変な癖がない。やっぱり野宮真貴という感じなんだよね。かならずここの部分で声が「ウェッ!」ってするとか(笑)、フラットするとかさ変な癖ある人もいるじゃない? そういうのがないんですよ。
──菊地さん的なみどころは? 菊地 はたから見た感じなんだけれど、この国では女の人が歳を取っていって、華麗に生きていくということが難しいですよね。いろんな業界に素敵な40代、50代の女性の方がいるけれど、まわりを見回したときに誰がリードしてくれるかっていったら、やはり野宮さんしかいないんじゃないかって感じはあるんですよ。 それまでのパブリック・イメージでは、野宮さんはマネキンで、歳もないという感じなんだけれど、ここでは一転して生々しさというか、オトナの女がオシャレでエレガントにやっていくにはこうすればいい、ということを見せてくれるんじゃないかな。そういう意味ではショックを受ける人は受けちゃうだろうね。 でも、それは菊地のせいだとか思わないでほしい(笑)! 「菊地が、なんだかエロいことにしちゃったんだよ!」とかね。わたしはただメモを取っただけなんで。って、責任のがれをしているわけじゃないですけど(笑)。 でも、ピチカート・ファイヴのファンって男も女もないよね。すごくユニセックスだと思うんですよ。それでいて子どもでいたいという感じ。ピチカート・ファイヴは、マンガみたいにエレガントだったり、リュクスだったりするんだけど、それなのにお金はなくてもいいよっていう感じがするんですよね。だけど、それは本当のリュクスとかエレガントじゃない、幻想のエレガントみたいなバンドだったと思うんですよ。だからこそ不景気な時代に、ファンがいっぱいいたわけだし─。 野宮さんは、ピチカート・ファイヴの任務は終了したけど、実生活的にもほんとにリュクスなわけで、歳を取っていくなかでそういう生き方が提示されると思うんですよ。だから、ショック受けるひともいるし、逆に乗っかれるひともいると思うんです。 ![]() 野宮 まあ、追いてこれないひとは仕方がない(笑)。 菊地 ははは(笑) 野宮 あとはね、衣装もゴージャスですよ。すべてDRESSCAMPの岩谷俊和さんのオリジナルのデザインなので、期待していてください。それに昨年の「JOY」に引きつづいてKashikey BROWN DIAMONDさんが舞台をサポートしてくれていて、前回はジュゼッペ・ザノッティさんデザインによるハイヒールにブラウンダイヤモンドをあしらっていたのですが、今回はなんと特注のティアラなんです! 岩谷さんが衣装デザインの一環として手がけてくれたものなので、そこも注目してほしいところですね。
菊地 ABです。 野宮 あー(笑)!みんなABなの!わたしだけAなんですけれど。 ![]() 菊地 湯山さんもAB? 野宮 林さんも。みんなABなんだ(笑)。 菊地 ほんとはね、"使うAと使われるAB"がいいらしいんですよ。 萩本欽ちゃんがA型で、坂上ジローさんがAB型だっていっていたけど、やっぱりあの関係がコント55号なんだよね。昭和ネタだけれど(笑)。 ──野宮さん以外、全員ABというのは、すごい現場ですね(笑)! 野宮:スゴいですよ(笑)。 ──かなりにぎやかそうな現場ですが(笑)、いろんな意味で今回のリサイタルはとても楽しみです。 ありがとうございました。 <おわり>
野宮真貴
歌手、エッセイスト、女優、モデル、ナレーター、ファッション・デザイナー。
81年、ムーンライダーズの鈴木慶一プロデュース『ピンクの心』でデビュー。その後、ポータブル・ロックのヴォーカリストとして活躍。東京ニューウェイヴ・シーンの歌姫として愛される。90年、ピチカート・ファイヴに3代目ヴォーカリストとして参加。2001年、解散。 ソロ・アルバム2枚目『レディ・ミス・ワープ』(02)を皮切りに、ディナーショー・スタイルの『ドレスコード』(04)、完全フロア対応の『PARTY PEOPLE』(05)などの趣向を凝らしたアルバムを発表し、草野マサムネ、槙原敬之、クレイジーケンバンド、須永辰緒、菊地成孔、m-flo、FUTON(バンコク)……といった多種多様なアーティストたちとのコラボレーションにより、あらたな魅力が花開いている。 http://www.missmakinomiya.com 菊地成孔
音楽家/文筆家/音楽講師。
音楽家としてのデビューは85年。04年初のソロ・アルバム「デギュスタシオン・ア・ジャズ」とセカンド・ソロアルバム「南米のエリザベス・テーラー」を発表。各々のステージアクトの為に「クインテット・ライブ・ダブ」と「ペペ・トルメント・アスカラール」を結成。05年映画音楽界にデビュー、その後1年間で4作品を手掛ける。 著作デビューは03年、「スペインの宇宙食」(小学館)。以後、精神分析学から服飾文化史、音楽理論史など、膨大な知識と妄想を駆使した饒舌な文体で、異形の批評家/エッセイストとして著書多数。 音楽講師としては、04〜5年にかけて東京大学教養学部非常勤講師。06年からは国立音楽大学の非常勤講師(ジャズ理論史)に就任。 双子座のAB型。日課は散歩とストレッチ。好きな食材は鮪、鴨、メロン。ワインはサンセールのロゼ、パルファムはテュエリー・ミュグレーの「エンジェル」を常用。フォワグラは私財と共に自宅冷蔵庫に大量に保管してあるので大丈夫。 http://www.kikuchinaruyoshi.com/
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