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フェラーリ会長 ルカ・ディ・モンテゼーモロ(左)、プーマ会長兼CEO ヨッヘン・ザイツ(右)
Ferrari│フェラーリ プーマとのパートナーシップ契約を延長 文=谷中朋美
2011年末までにあたらしいコレクションを発表これまで6年間にわたるパートナーシップを結んできたフェラーリとプーマ。今回の契約の延長により、プーマは今後もフェラーリライセンスのフットウェア、アパレル、アクセサリーなどの販売を全世界で継続するほか、「スクーデリア・フェラーリ」(フェラーリのモータースポーツ部門)のチームに向けたレーシングスーツを開発、公式サプライヤーを務める。BRAND HISTORY “カヴァリーノ・ランパンテ”、日本では“跳ね馬”と称されるエンブレムに胸躍らせるファンは少なくない。サーキットではその激しい走りに観衆は熱狂し、ストリートでは端麗なシルエットと甲高いサウンドで人々を魅了するクルマ、それがFERRARI(フェラーリ)だ。F1、市販車のいずれにおいても、スピードを極めるこのブランドは、創業者であるエンツォ・フェラーリの情熱がいまなお強く息づいている。 1898年にイタリアのモデナで生まれたエンツォは、10歳のときボローニャで見たレースに感激し、いつしか自分もレーシングドライバーになろうと思うようになる。一途な思いは着々と実現へ向かい、1920年、エンツォはついにアルファ・ロメオのテストドライバーとなった。そして、おなじ年のタルガ・フローリオではアルファのドライバーとして参戦、見事2位の記録を残している。 しかし、やがてエンツォの興味はレーシング・チームを運営することへと移り、1929年にスクーデリア・フェラーリを立ち上げて、アルファのレース活動を引き受けることに。その手腕を発揮するにもかかわらず、1939年にはアルファとの関係は解消され、第二次大戦後の1947年、自前のV12エンジンを積む「フェラーリ125」を引っさげてレース活動を再開。ここからスポーツカーブランドとしてのフェラーリが歩みはじめた。 その後、フェラーリはフィアット傘下に入り、現在はフィアットグループの会長を兼任する社長のルカ・モンテゼーモロのもとで、ブランドの魅力を高めつづけている。ラインアップは、V12エンジンを積む「599」「599 GTO」「SAアぺルタ」「458 イタリア」「フェラーリ・カリフォルニア」、そして初の4WDモデルとしておおいに話題を呼んだ「FF」である。
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