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![]() 超弩級の高性能オープン [ブガッティ・ヴェイロン16.4 グランドスポーツ」発表
フランスの高級スポーツカーブランド、Bugatti(ブガッティ)が新しいオープンモデル「Veyron 16.4 Grand Sport(ヴェイロン16.4 グランドスポーツ)」を発表した。2008年8月16日、アメリカのぺブルビーチで正式にお披露目される。 400km/オーバー、150台限定、2億5300万円「ヴェイロン16.4」に、着脱式のルーフをもつオープンモデルが加わる。クローズドモデル譲りの8リッターW16気筒+4ターボチャージャーを採用。最高出力1001馬力、最大トルク127kgmという途方もないスペックの強心臓はリアにマウントされる。オープン化にともなういっそうの安全性向上がはかられていることはグランドスポーツ特有のポイントだ。0-100km/h加速はわずかに2.5秒。406km/hという、サーキットでも到達が難しい最高速度を出すさいは、ルーフをしめたほうが無難だろう。 ルーフを取り外した場合は、車両自体に格納することはできないようで、家のガレージに置いておくしかない。 ![]() この超弩級の高性能オープンの実車発表の場として選ばれたのは、カリフォルニアのリゾート地、ぺブルビーチ。世界でもっとも格式が高いとされるクラシックカーのイベント「コンクール・デレガンス」でデビューする。 発表翌日には、2009年春ごろに生産される第1号車がオークションにかけられる。 リリースされる台数は150台限定。日本では総代理店ニコル・レーシング・ジャパンから、2億5300万円というプライスタグをつけて販売される。 BRAND HISTORY 芸術とテクノロジーの融合。BUGATTI(ブガッティ)が生み出した数々の名車に貫かれるのがこの精神だ。 それは、創始者であるエットーレ・ブガッティの血筋そのものでもある。祖父が建築家であり彫刻家であるジョヴァンニ、父がインダストリアルデザイナーのカルロというエットーレは、1881年にミラノに生まれる。ブガッティ家の血筋ともいえる芸術的資質と、エンジニアとしてのセンスを兼ね備えたエットーレは、技術者としての正規の教育を受けた経験がないにもかかわらず、19歳のときには勤務先の三輪車工場で、エンジン付きの三輪車を手がけ、続いて自動車を完成させることで、早々に自動車エンジニアとしての評価を手に入れる。 これに目をつけたアルザスの貴族に請われて、エットーレは自動車会社の技術責任者に就任。退職後、ドイツの自動車会社を経て、自らのブランドを立ち上げる。1909年には記念すべき最初のモデル「ブガッティタイプ10」を世に送り出した。 アルザスに戻ったエットーレは、高級車とレーシングカーを次々に開発。1920年にルマン24時間を制したのをはじめ、F1やタルガフローリオなどで成功を収める。しかし、第二次大戦後、エットーレが他界してからは自動車の製造を中止。その後、1980年代の終わりに、イタリアのロマーノ・アルティオーリにより、自動車ブランドとしての活動を再開し、「EB110」を発売するに到るものの、長続きはしなかった。 そんな不運な高級スポーツカーブランドを再び復活させたのがフォルクスワーゲンだった。1998年、同社はブガッティのブランドを譲り受け、翌1999年にはブガッティ・オトモビルS.A.S.を設立。いくつかのコンセプトモデルを主要なモーターショーに送り込んだ後、2001年にはスーパースポーツモデル「ヴェイロン」の量産を表明した。そして、2005年の東京モーターショーで、ついにヴェイロンの生産モデルがベールを脱いだのである。
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