MIKIMOTO ミキモト

1893年7月11日、創業者である御木本幸吉(みきもと・こうきち)は三重県志摩郡神明浦において、世界ではじめて養殖真珠の発明に成功。1899年、銀座(現並木通り)に日本初となる真珠専門店「御木本真珠店」をオープンした。当時の日本の装身具といえば指輪、帯留め、髪飾りなどが代表的だったが、ミキモトではいち早く西洋風の技巧、技術を取り入れた独自のスタイルを追求。1907年には日本初となる本格的な装身具加工工場「御木本金細工工場」を開設し、世界で唯一ともいえる生産から販売までの一貫体制を確立。日本における近代宝飾産業の礎を築いた。

ミキモトははやくから海外に目を向け、1893年におこなわれたシカゴでのコロンブス万国博覧会には真珠貝や天然真珠を、1900年のパリ万国博をはじめ世界各国で開催される博覧会に養殖真珠を使用した作品を出品。養殖真珠の代名詞として、また日本の文化としてその社名を浸透させた。1913年のロンドン支店の開設を皮切りにニューヨーク、パリ、上海など、国際的に事業を展開。しかし、ミキモトが養殖真珠のオリジネーターとして世界に認められつつあるなか、ヨーロッパの宝石商は天然真珠の価値を脅かすものとしてこの養殖真珠を偽物とみなし、排斥を進めたことにより裁判問題にまで発展。しかし当時の権威ある学者や専門家らによって養殖真珠は天然真珠と変わらないことが学術的に証明され、ミキモトパールはその価値を確かなものとした。

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