LOOM NIPPON|加賀美由加里さんの復興に掛ける想い

LOOM NIPPON|加賀美由加里さんの復興に掛ける想い

Beautiful People

LOOM NIPPON|ルームニッポン

宮城県南三陸町を東北随一の桜の名所に

加賀美由加里さんがファッションを通じての復興に掛ける想い。Part 1

東日本大震災で大きな被害を受けた人々を支援したいという想いから、2011年7月に設立された一般社団法人「LOOM NIPPON(ルームニッポン)」。この組織の理事長を務める加賀美由加里さんは、ドーメル・ジャポン、及び、MCMファッション・グループ・ジャパンの代表取締役でもある。ファッションを媒介に、被災地の雇用創出や復興支援を行う、ルームニッポンを設立した経過とプロジェクトの内容について話を聞いた。

Text by MURAMATSU Ryo(OPENERS)

2011年3月11日。そして、プロジェクトの始まり

フランスを代表するメゾン、ランバンの日本のエージェントに入社したことを切っ掛けに、40年以上に渡り、国内外のファッションに携わってきた加賀美由加里さん。2011年3月11日、震災が発生した直後の状況について「テレビで宮城県気仙沼が火に包まれていることを知りました。私のなかで特に思いの深い、ランバンブティックの制作に協力してくれた造船所のある場所です。本当に心配でした」と振り返る。

2004年に誕生した東京・銀座のランバンの旗艦店。水玉模様を思わせる約3000個の小さな穴が空いた、巨大な鉄のファサードは、気仙沼の造船所、高橋工業が作ったものだ。その代表を務める高橋和志さんと連絡が取れたのは4月の半ば過ぎ。電話で状況を確認する中で、高橋さんから「津波で流された庭の桜の枝に一輪の花が咲いた」と聞き、加賀美さんは「桜は希望の象徴」だと感じた。そして、世界の人々が知っている桜を「津波で多くの木が流された場所にたくさん咲かせたい」という想いは日に日に強くなっていく。

LOOM NIPPON 02

加賀美さんは、桜を植える場所を探すなかで、南三陸町出身の友人から、宮城県議会議員を務めた方を紹介してもらった。かつて南三陸町が仙台藩養蚕の発祥地としてシルクで栄え、1900年のパリ万博でグランプリを受賞したことを聞かされ「鳥肌が立ちました。フランスがはじめてファッション館を作ったことでも知られる万博です。その館長は、ジャンヌ・ランバンでした。私はジャンヌに魅せられて、今に至るまでランバンの仕事をしてきました。話を聞いて、彼女に南三陸町へ行きなさいと言われているようでした」。気仙沼の隣でもある南三陸町に、加賀美さんの心は惹かれていった。

LOOM NIPPON 03
LOOM NIPPON 04

それから間もなく南三陸森林組合との話し合いを通じて、桜の植樹が決まった。目標は、20年を掛けて、東北で一番の桜の名所として知られる青森県弘前より多い3000本を植えること。たくさんの人々がこの桜を見るたびに、被災した人たちを偲び、その記憶を永遠に受け継いでくれるように願ったものだ。桜の植樹は、ルームニッポンの核となるプロジェクト「SAKURA PROJECT」に発展していく。