祐真朋樹対談|Vol.1 「ケアレーベル」デザイナー、レオポルド・ドゥランテさん

祐真朋樹対談|Vol.1  レオポルド・ドゥランテさん

祐真朋樹対談

新連載「祐真朋樹対談」がスタート

第1回目のゲストは「Care Label」デザイナー、レオポルド・ドゥランテさん

「Care Label(ケアレーベル)」は、FIATの元会長ジャンニ・G・アニェッリの孫であり、「イタリア・インディペンデント」社のCEO、ラポ・エルカーンがディレクションするブランド。そしてそのケアレーベルのクリエイティブディレクターを務めるのがカリスマデニムデザイナー、レオポルド・ドゥランテさんだ。子供のころからデニムが大好き。それが昂じてデニムに係わるようになったというレオポルドさん。なんと、およそ4000本のデニムを所蔵していると言う。そんな正真正銘のデニムマニアである彼が、今回初来日。日本の誇るデニムの産地、岡山を訪ねた。

Interview & Text by SUKEZANE Tomoki

レオポルドがデニムを好きになった理由

祐真朋樹(以下、祐真) 今回が初来日ということですが、「Care Label(ケアレーベル)」というブランドはいつスタートしたのでしょうか?

レオポルド・ドゥランテ(以下、レオ) 2007年です。このケアレーベルを立ち上げたのは2007年ですが、それまでの25年間もずっといろいろなブランドでデニムの仕事をしていました。

祐真 お~、満を持してのブランド立ち上げだったわけですね。その前の25年間は、どんなところで働いていたのですか?

レオ ブランドは申し上げられませんが(笑)、ドイツやベルギーでもデニム製品を作る仕事をしていました。ショップで働いたこともありますよ。

祐真 じゃあ、学校を出てからずっとデニムに係わる仕事をしていたということですか? ところでいま、何歳なのかな?

レオ 45歳です。学生時代はテキスタイルを専攻していました。

祐真 なるほど。そのころにはもう、自分の進む道は決まっていたということですね。でも、そもそもどうしてデニムに興味をもったのですか?

レオ 僕には兄がいるのですが、子どものころは兄のお下がりの洋服を貰ってよく着ていました。

祐真 ああ、僕にも兄がいるのでよくわかります。僕も兄のお下がりを着せられていました。

レオ 12歳のころ、はじめて自分でジーンズを買ったんです。そのとき、「新品のジーンズはなぜ兄のお下がりのジーンズとこんなにちがうんだろう」と思いました。兄がくれたジーンズは色が落ちていたけれど、新品はくっきりきれいなインディゴブルーです。「なんでこんなに素材が変化するんだろう」、そう思ったのがジーンズに興味をもったきっかけでした。

祐真 たしかに。全然別ものになりますからね、ジーンズは。

レオ 不思議に思った僕は、買ったばかりのジーンズをバスタブに浸けてブリーチしたりしてみました。それでどうなるのか、知りたかったんです。母には「なぜ買ったばかりのものをこんなふうにしちゃうの?!!」とこっぴどく怒られましたがね(笑)。

祐真 あははは。僕たち兄弟も、おなじようなことをしてましたよ(笑)。あたらしいジーンズをバスタブでブリーチして、もちろん両親に怒られました。日本の昔の家のバスタブは木製ですからね。そのなかでジーンズをブリーチしたら、当然の如くバスタブは真っ青になりますから(苦笑)、まあ怒られて当然です。

レオ 僕は1969生まれ、祐真さんは1965年生まれ。祐真さんと僕の兄はおなじ歳ですよ。僕たちは“そういうことをやってしまう年代”ということですね。

祐真 仕事として、デニムと係わりたいと思ったのはいつごろですか?

レオ 17歳のときにデザイナーを志しました。でもその前に、マテリアルのことをちゃんと理解したいと思い、フィレンツェの隣にあるプラートという街の学校で、生地のテクノロジーを学びました。もちろんデニムだけでなく、あらゆるファブリックのことを学びました。

祐真 とくに、デニムに興味をもった理由は何だったのでしょう。子どものころに身近にあったということも理由のひとつでしょうが。

レオ さまざまな生地のなかで、デニムがもっとも“生き物”っぽい感じがしたんですよね。デニムは、穿く人の歴史を刻みながら、時とともに変化してゆく素材です。そこがまず面白いと思いました。

それに、デニムってとても“デモクラティック”な素材ですよね。誰でも穿けるし、ワークウェアにもなればモードなアイテムにもなる。幅広い用途に使える素材なわけです。デニムをみれば、それを穿いている人の、人となりがわかる、そんなファブリックはそうそうありません。

祐真 なるほど。「デモクラティック」という視点は面白いですね。

ABOUT
SUKEZANE Tomoki

1965年京都市生まれ。(株)マガジンハウスのPOPEYE編集部でファッションエディターとしてのキャリアをスタート。現在は『UOMO』『GQ JAPAN』『Casa BRUTUS』『MEN’S NON-NO』 …