commmons|『ブリージング・メディア ~調子~』笙奏者 東野珠実インタビュー
LOUNGE / MUSIC
2015年2月13日

commmons|『ブリージング・メディア ~調子~』笙奏者 東野珠実インタビュー

commmons|コモンズ
日本音楽の古典史上最高峰、雅楽の大曲「調子」を世界初全曲録音!

笙奏者 東野珠実インタビュー(1)

笙(しょう)という楽器は、冷めていると音が出ないことをはじめて知った。「まず、音をお聴きいただくために笙をあたためておきましたから」と、東野珠実さんは、目の前で笙を姿勢よく掲げる。至近距離で聴く音は、想像よりも太く強く、高らかで、まさに天上に吸い込まれていくような高貴な音色。電気で増幅された音ばかり聴いている耳に、なんとすがすがしいことか。まさに、CDのタイトルどおり、“ブリージング”である。

Text by OPENERS
Photo by JAMANDFIX

私が演奏して録音したことは奇跡的なご縁のたまものです

通常は竹でできている笙だが、作家 當野泰伸氏の作品である東野さんの笙は、黒檀(こくたん)製だ。その音は「現代でこその音色」だという。この楽器は、金属のリードが各1本1本についていて(3ページ目参照)、切り込み部分が振動して、管の長さと共鳴し、ピッチがあったときに音として響くそうだ。


雅楽は約1400年前に中国から伝来され、笙は、形状も原理も楽譜も一切変わらず、再現しつづけられていて、千年以上前とおなじ音が聴ける。黒檀の笙の音を東野さんは、「昔からありながら、現代としての響きを聴いていただいた」という。吹いても吸ってもおなじ高さの音がでる、呼吸のさまを音楽として表現している。

──雅楽、笙というと、日本古来・固有の音楽ですが、私たちはなかなか接する機会がありません。


そう感じていただくのが、今回のCDリリースの目的でもあります。私自身がこの音楽と出会ったとき、あまりにもあたらしく、聴いたときの衝撃はとても大きなものでした。どこの国、どこの時代の音楽ということに左右されない揺るぎないものをもっている“クラシック中のクラシック”だと思います。

──東野さんはどういう場所で演奏されているんですか?


宮内庁で伝承されているのがおおもとですが、東大寺の大仏開眼会のころから寺社仏閣でのさまざまな儀式や行事で演奏されています。私はほとんどホールでの演奏会ですね。演奏曲は、古典が中心ですが、この20~30年は、西洋の作曲家がこの楽器のためにオリジナル音楽をつくったりしています。


──今回は雅楽の大曲「調子」を世界ではじめて全曲録音されました。


雅楽は長い儀式や行事のなかで演奏するもので、「調子」はそのプログラムの序曲として演奏するものです。通常はイントロとして長くても5~6分ほどですが、今回は、30分近くある大曲に挑戦しました。この「調子」は“秘曲”として伝わっているものもあり、音楽としての魅力がありつつ、演奏家としての鍛錬を要するような楽曲になっています。この楽曲の存在を知ってから、レコーディングは念願でしたが、それは純粋にこの楽曲の全体を体感してみたい、いちリスナーとして聴いてみたいという欲求に駆られる作品だったのです。


──奏者でありながら、リスナーとしても興味をそそられると。


そうですね。雅楽は、もともと男性社会のもので、かぎられた身分の方の音楽だったものが、やがてオープンになって、クラシック音楽から入っている者にも門戸が広がりました。この「調子」も伝承はされていますが、音源として録音がされていません。とくに本来複数の楽器で奏でる曲の全容は、私自身も聴いたことのない想像の響の世界だったのです。今回のレコーディングは、音楽家としてもっとも高い頂に登るトライアイルであり、一生のうちにという遠い目標ではありましたが、私がこの時代、この時期に録音にいたったのは奇跡的なご縁のたまものです。

『ブリージング・メディア ~調子~』

発売日|2011年10月12日

2枚組CDアルバム

通常価格|4200円

永続リパック仕様

カーボンオフセットCD

<Disc-1>

1.壱越調 (いちこつちょう)

2.双調 (そうじょう)

3.黄鐘調 (おうしきちょう)

4.平調 (ひょうじょう)

全4曲収録

<Disc-2>

1.盤渉調 (ばんしきちょう)

2.太食調 (たいしきちょう)

3.象牙の笙による『平調 (ひょうじょう)』

4.坂本龍一 Remix『太食調(たいしきちょう)』

全3曲4ヴァージョン収録

計 約2時間14分収録

commmons|コモンズ
日本音楽の古典史上最高峰、雅楽の大曲「調子」を世界初全曲録音!

笙奏者 東野珠実インタビュー(2)

アルバム『ブリージング・メディア ~調子~』は、坂本龍一氏のアルバム『御法度』『out of noise』、『一命』にも参加している笙奏者 東野珠実さんによる初作品、ファーストアルバムで、近世以来、西洋アカデミズムの系譜でとりあげられモダニズム・ミニマリズム、アンビエント、ノイズなどの音楽要素を包括する楽曲が収められている。

最高に美しい音楽との出会いと、機が熟した思い

──さきほど“奇跡的”と表現されましたが、その意味するところは?

まず、音楽家としての私は「笙」という楽器に導かれて進んできたという思いがあります。また、これまでに愛用してきた楽器たちも、いま、いちばんのピークを迎えているという感触があります。
その一方で、私は、笙と出会ったときに、コンピュータ音楽も学んでいたので、この超音波の世界である雅楽の音響の情報量の多さは、録音することがとても難しいことを理解していました。その当時では技術の限界があったのですが、いまの技術で、この音を、きちんと収められる時代になった。この時代の記録として、ひとつの旗を立ててみることができます。楽器、録音技術、そして時代がマッチして、すばらしい仕上がりになりました。

──東日本大震災にも影響を受けたそうですね。

震災の直後に出たファッション誌にファッションデザイナーの森 英恵さんのインタビューが掲載されていて、「戦中戦後の文化的になにもない時代に青春を送ったが、映画や小説などに描かれていた絶対的に美しいものに惹かれて、ひとは前へ進める」というコメントに感銘を受けました。

私も、雅楽との出会いは、最高に美しい音楽との出会いだったので、その世界を追いかけていくことで自分も進んでくることができた。

雅楽が伝来したなにもない太古の日本では、中国からの文明の光を滝のようにあびた人びとが、国を興そうとした意思をもって進んだ。そんな指針になるような美しい響き、生命力みなぎる音世界に触れていただかなくてはと思いました。

──レコーディングにいたる経緯を教えてください。


坂本龍一さんにお会いするたびに、「こういうことを試みたい」「こういう楽曲があって、すばらしいということを伝えたい」とお話していました。坂本さんも十分に雅楽や調子の絶対音楽性をご理解くださっていたので、昨年末に、「一念発起しました。自主製作でも記録を残そうと思います。この機を逃せません」という私の思いをきっかけに、commmons(コモンズ)さんからリリースのお話をいただきました。

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日本音楽の古典史上最高峰、雅楽の大曲「調子」を世界初全曲録音!

笙奏者 東野珠実インタビュー(3)

今回のアルバム『ブリージング・メディア ~調子~』では、古典曲中の古典、人類史上最古の古典作品ともいえる雅楽「調子」全六調を多重録音による笙の単独演奏に挑戦。長大な古典曲の全容を、磨き抜かれた響きをもつ古来竹製楽器にくわえ、正倉院復元楽器の“竽”、当代の名工 當野泰伸氏によって生み出された黒檀の笙、そして総象牙製の笙をさまざまな編成で組み合わせ、現代最高の録音技術と、あらたに現出した坂本龍一ミックスをくわえ、“前代未聞の古典”として実現した。


天上の音楽である雅楽と、地に足のついた音楽と

──<Disc-1>4曲目の「平調 (ひょうじょう)」で、象牙の笙を使われているそうですね。

象牙の笙は、京都国立博物館の公演でも演奏させていただいています。今回は、このアルバムのなかで、笙の現在形として、当代の音として収録したいと、製作者の當野泰伸さんにご相談したら、京都でつくられたものなので、京都で録音を……というお話をいただき、ご縁あって“音楽の寺”といわれる泉涌寺(せんにゅうじ)即成院でレコーディングができました。「平調 (ひょうじょう)を聴いていただければ、この世界にまたとない楽器の質感をおわかりいただけると思います。


──<Disc-1><Disc-2>の4曲目が坂本さんリミックスの「太食調(たいしきちょう)」です。


「太食」は、唐代には「大食(たーじ)」で、遠く外国、西域、イスラム圏を指す言葉だったそうです。日本に渡って千年のあいだに「太食調」となり、楽書の記録としては鎌倉時代のものがバイブルになっているのですが、演奏法も勢いをつけて演奏しなさい、エネルギッシュで、躍動的な表現をしなさいと伝えられている曲。
ヨーロッパの音楽を基盤にされている坂本さんが、作曲家のお考えとしてどうお料理していただけるか、とても興味がありました。


コモンズ|東野珠実 06

──リミックスを聴いてみての感想は?


想像していたのとちがう世界観でした。さきほど、森 英恵さんの夢見るような美しい世界という表現をしましたが、それと対照的に、天上の音楽である雅楽に、坂本さんの打ちつけるようなピアノは、現実に引き戻されるもの。社会貢献活動をされている希有な音楽家である坂本さんの“現実を直視せよ”という強い思いが、出だしのピアノの一音にあらわされていて、その一音ですべてが変わることも聴いていただきたいと思います。


あたらしい連鎖が、古典をつくっていく

──commmonsからリリースされることについては?

レーベルのスタート時から“コモンズ”というコンセプトにも関心をもっていて、この数十年もてはやされたマス・コニュニケーションから、時代は確実にコモン・コミュニケーションへと変化しています。そのコモン・コミュニケーションの原型が、雅楽の秘曲を伝えていくということ。千年を超える長い時間のなかでの伝承という実績から鑑みても、そのスタイルでしか伝えられないものがあります。


こういう音楽は、コモン・コミュニケーションを大事にするひとにぜひ聴いていただきたいと思います。なぜなら、私自身が、「いいものがある場所を、追い求めたい」とつねに思っているからです。そういうあたらしい連鎖が、古典をつくっていくし、私の師匠や坂本さんのようなおとながあたらしいものをみせる、かっこいいものをみせるという発信がとても大事です。

──では、リスナーにメッセージを。

「調子」にはヨーロッパ音楽でいうメロディや和音やリズムが網羅されていて、完成度の高い楽曲となっています。伝統を守り抜けた日本人に敬意を払いつつ、ぜひ、空間の音楽として美しさに浸っていただきたい。
アルバムのタイトルになっている“ブリージング・メディア”は、自分の音楽活動のコンセプトで、それは呼吸のリズム、自分の呼吸と向き合うこと。この音楽のなかで呼吸していただきたいですね。呼吸を見つめることは、自分を見つめることです。

──ありがとうございました。

東野珠実|TONO Tamami

1989年より国立劇場主催公演に参加。雅楽古典から現代音楽にいたるさまざまなジャンルの創作・演奏に携わる異色の楽人。Yo-Yo MA 主宰The Silk Road Project、CCMIX (Centre de Creation Musicale Iannis Xenakis in Paris)に招聘されるなど、国内外で活動。ISCM、ICMC、国立劇場作曲コンクール第一位・文化庁舞台芸術創作奨励特別賞、日本文化芸術奨励賞など、作曲および笙の演奏をつうじ国内外にて受賞多数。
HERMES Tokyo Opening、JAXA 宇宙ダンス プロジェクト『HITEN』などで音楽担当。1999年より坂本龍一氏の作品録音に参加。 そのほか参加 CD は John Cage『Two3, Two4』全曲録音、『Scenes of Spirits』など。"Breathing Media Arts"、"From The Eurasian Edge”を展開。雅楽団体伶楽舎に所属。今回のCD は本人名義での初作品、ファーストアルバムとなる。

東野珠実オフィシャルサイト:http://www.shoroom.com

           
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