2008-2009年 3人の論客が自動車界を斬る(前編)
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2015年4月22日

2008-2009年 3人の論客が自動車界を斬る(前編)

2008-2009年 3人の論客が自動車界を斬る

クルマをめぐるゆく年くる年

100年に一度といわれる世界的な大不況が自動車界にも激震を起こした2008年。しかし、数多くの魅力的なニューモデルが生まれたのも事実である。この激動の時代において、クルマは、そしてクルマをめぐる社会はどこにむかうのか?
自動車界における気鋭の論客3人が、2008年を振り返りつつ、2009年を展望する。

語るひと=小川フミオ瀧 昌史渡辺敏史写真=吉澤健太(ポートレート)まとめ=オウプナーズ

オリジナリティがGT-Rの最大の魅力

──今日はクルマとクルマをめぐる社会について2008年を振り返りつつ、2009年を展望したいと思います。まず2008年の1年間でどんなモデルが印象に残りましたか。

渡辺 そういう質問を受けるたびに、僕は(日産)GT-Rと答えています。このご時世になる直前に、ぎりぎり滑り込んだクルマだし、単純に日産があのポルシェ911ターボの速さ凌駕するモデルを供給している、その事実は日本人としてうれしいなと思うんです。

小川 GT-Rが2007年12月にデビューして、2008年の9月くらいからリーマンショックが起きて社会の様相ががらっと変わりましたが、GT-Rは時代遅れになっていないっていうことですね。世のなかはすごい勢いで変わってますが、GT-Rは残っていくと。

渡辺 そうですね。

── それは、なぜ?

渡辺 やはりオリジナリティですね。GT-Rのなにが一番すごいのかといえば、個人的にはあのスタイリングだと思っているんです。だって、あんなデザインは、絶対にポルシェやフェラーリではできないじゃないですか。GT-Rならではのオリジナリティあふれるスタイリングに、欧州のライバルを凌駕する性能をのせてしまった点が最大の魅力ですね。

NISSAN GT-R|日産GT-R

小川 オリジナリティの高さは、今のご時世にクルマを買うときにみんなの根幹にある価値観ですよね。

渡辺 それから、ここ数年、自動車メーカーが掲げはじめているキーワードに、エフィシエンシーという言葉があります。効率のよさ、という意味ですが、割とGT-Rはいい線いってると思うんです。たとえば、480psを発生するあのV6ツインターボエンジンですが、燃費やCO2の排出量を割り出してみると、決して熱効率は悪くない。

──ある意味でエコだと。

小川 じつは僕もGT-Rは印象に残ったクルマですね。できたら欲しいとさえ思います。

──どこに惹かれますか?

PORSCHE 911|ポルシェ911

小川 僕が最近気になっているキーワードは“買い応え”という言葉なんですが、GT-Rにはそれが大いにあると思うんです。480psのエンジンだったり、トランスアクスルの4WDシステムだったり、ツインクラッチ式のトランスミッションだったり、独特のデザインだったり。
で、手に入れたあとに得られるものが想像できるじゃないですか。運転の楽しさとか。とにかくクルマとして突き抜けていますからね。

──GT-Rといえば、ライバルともいえるポルシェ911も新しくなりました。

渡辺 フラット6エンジンを直噴化したり、PDK(ポルシェ・ドッペルクップルング)というツインクラッチの7段トランスミッションを採用したり、ポルシェはポルシェで高効率化を求めて進化しています。エフィシエンシーという意味では、たぶん現状では世界でもっともすぐれたスポーツカーだと思います。

 直噴エンジン化で最大8.5%のパワーアップをはかりながら、11.2%燃費を向上させ、CO2排出量も13.6%低減している。

渡辺 CO2の排出量を示すうえで、一般的に1km走るのに何グラム排出するかという単位が用いられるんですが、新しい911はCO2の排出量が200gm/kmの前半から中盤くらいの数字を実現していますから。そういうスポーツカーはなかなかない。ただ、すごいよくできていて尊敬はするし個人的にも欲しいけれど、それ以上でも以下でもない。

小川 新しい価値の創造まではいたっていないんですね。

NISSAN FAIRLADY Z|日産フェアレディZ

渡辺 2008年にデビューしたスポーツカーという意味では、フェアレディZがよかったですね。じつは個人的にはGT-RよりZのほうが好きです。存在としても、実際に乗っても。

SL65 AMGのブラックシリーズはフレンチのフルコース

AUDI A4|アウディ A4

AUDI A5|アウディ A5

小川 スポーツカーではないのですが、僕はアウディのA4とA5が好印象でした。アウディが新しい時代に踏み出したな、ということがよく伝わってくる。具体的には、フロントの駆動系のレイアウトを変更し、適正な重量配分を得たことでハンドリングが素直になりましたね。

ライバルたるBMW3シリーズより乗り心地もいいし。A5のスタイリングはちょっとドイツの戦車みたいで個性的だし。たとえば、フォルクスワーゲンのパサートCCもスタイリッシュですが、CCのようにきれいなだけじゃなくて、いい意味でのアクもある

Volkswagen Passat CC|フォルクスワーゲン パサートCC

BENTLEY Continental Flying Spur|ベントレー コンチネンタル フライングスパー

BENTLEY Continenta GT Speed|ベントレー コンチネンタルGT スピード

──瀧さんは、ベントレーをはじめ超高級車に乗る機会が多かったようですが……。

 ベントレーのフライングスパーの2009年モデルはよかったですね。極まっている感じがして。クーペのGTと同様に高性能バージョンの“スピード”がデビューしたことで、サスペンションを30%ほどソフトに変更できたようなんですが、しなやかでやたらに乗り味がいいんです。

渡辺 “スピード”もいいですよね。GT、フライングスパー、いずれのモデルでも。クルマの動きが引き締まって、重い上屋(ボディ)がグラッと動く印象がなくなりました。

ROLLS-ROYCE PHANTOM Drophead Coupe|ロールス・ロイス ファントム ドロップヘッドクーペ

 それから、ロールス・ロイス・ファントムのDHC(ドロップヘッドクーペ)ですか。オープンモデルの。あれが、20世紀のクルマの集大成という感じでよかった。乗りこんで運転すると船みたいな感覚がして、クルマの贅たくはここまで引き上げられるんだということを教えられました。非常に印象的でしたね。

渡辺 ロールス・ロイスは、運転していてなるほどとうなづけるのが、送りハンドルが必要なことですね。ハンドリングがスローなんです。

小川 古き良き時代の乗り味が、いまでも残っていますね。

渡辺 ああいうロールス・ロイスならではのテイストをシャープなハンドリングて定評のあるBMWが仕上げているのが面白いですね。

──BMWが傘下におさめたロールス・ロイスにたいして敬意を払っている証しですね。

小川 味を考えたんでしょうね。自動車メーカーって、それぞれのブランドの味を一所懸命考えて表現しているんですよね。

渡辺 同じく4000万円オーバークラスでいえば、単純に乗ることができてよかったというのが、SL65 AMGのブラックシリーズです。

──具体的になにが印象深かったですか?

渡辺 カリフォルニアからラグナセカサーキットにいたる道で試乗したんですが、今後、こんなクルマには絶対に乗れないだろうっていう感じ。ちょっと常軌を逸したクルマです。

Mercedes-Benz SL65 AMG Black Series|メルセデス・ベンツ SL65 AMG ブラックシリーズ

──具体的には?

渡辺 パワーは670psあるし、トルクは1000Nmあるし──。

 やはり乗り心地は固いんですか?

渡辺 それなりには引き締まっています。サスペンションもほかのメルセデスのようにエアサスではなくオーセンティックなメカニカルサスペンションです。

──サーキットユースを前提にしたようなクルマなんですか。

渡辺 そこまでとんがっていないのがAMGなんです。AMGには「毎日使えるハイパフォーマンスカー」というコンセプトがあるじゃないですか。とにかく、今後しばらくは病院のご飯のような味けのないクルマがたくさん出てくると思うんですが、その直前にフレンチのフルコースを食べさせていただきました、これで心置きなく病院にいけますっていうクルマでした(笑)。

──今年はフェラーリ430スクーデリアやランボルギーニ・ガヤルドLP560-4など、ほかにもスーパーなモデルがデビューしていますが、そういうったクルマをふくめても際だっていると。

渡辺 やっぱり限定車だし、いい意味でのバカバカしさは際だっていました。

観覧車のようなスマートmhd

──いままでの話をお聞きしていますと、2008年はエコや大不況という社会的状況にもかかわらず、かなり高性能な高価格車の元気がよかった年だったんですね。

渡辺 いや、一方ではスマートにアイドリングストップ機能を追加したスマートmhdにしろ、トヨタiQにしろ、シンプルな方向にもどっている気がしました。

 たしかに僕もスマートmhdに乗ったときにそう思いました。100余年の自動車の歴史のなかで、こういうふうに基本にもどることもあるんだなと。たとえば、オートバイではマルチ(多気筒エンジン)が主流になったいまでも、シングル(単気筒)エンジンが生きている。やっぱりクルマもオートバイも少しもどっている気がするんです。

小川 ひとつには、クルマが大型化・複雑化して環境に対する負荷があまりにも大きくなりすぎたから、少しもどろうよという考え方ですよね。

渡辺 iQは当初のコンセプト説明でプレミアムコンパクトという言葉を使っていましたが、「プレミアムは使わないことにしたんで」ってトヨタのひとに言われました(笑)。たぶん、プレミアムという言葉は、クラウンのような上級モデルの乗り心地や快適性をイメージさせてしまうと思ったんでしょう。ただし、iQについてはそういうハードウェア的な話ではなく、精神のあり方としてのプレミアムだと言い切ってしまえばよかったと思うんです。ミニマルライフが送れて、それに余計なお金がはらえることが、これからの時代のプレミアムだと。

smart for two mhd(micro hybrid drive)|スマート フォートゥ mhd

TOYOTA iQ|トヨタiQ

──iQは斬新なコンセプトが話題ですが、ハードウェアとしてはいかがですか?

渡辺 意外だったのは、乗れば乗るほど楽しくなってくるんです。走りが軽快で。ホイールベースが非常に短くて、トレッドが極めて広い、という普通のクルマじゃあり得ないようなディメンションになっているから、そもそもドライバビリティが特別なんでしょうね。そこにハマる要素がある。

 あの広い幅は、やはり軽自動車を意識したからなんですか?

渡辺 たぶん最初から頭にあるのはヨーロッパ市場だと思うんです。スマート+αというマーケットを狙った結果というか。そのなかで、大人4人が乗れるパッケージとか、トレッドの広さで安定性をかせぐとか、そういう発想があるのかな。

 一応、オートルートやアウトストラーダも走れると。

── アメリカでも売るらしいですね。サイオンという若年層を狙ったブランドで。

小川 あの手のクルマは、もう少し大人っぽいといいですよね。少なくとも大人むけの仕様を出すとか。たとえば、BMWから乗り換えてもいいわけがたつような。

渡辺 全体的につくり自体にはスマートのような凝縮感が感じられないですね。

RENAULT TWINGO GT|ルノー・トゥインゴ GT

小川 でも、現行スマートと比べたらいい勝負だと思う。僕はオプナーズ的ではないかもしれないけれど、ルノーのトゥインゴGTが気に入りました。むかし自動車が好きだったひとで、マニュアルの運転も好だという人だったらいちど乗ってみていただきたい。自分の原点にもどれるようなクルマですから。GTはルノーにおいては長距離のツーリングに適したしっかりできたクルマという意味なんだそうです。

渡辺 なるほど。じゃあ、文字通りグランツーリスモなんですね。

小川 ええ。その意味で大人っぽい仕上がりなんです。サスペンションもしなやかで。トランスミッションは5速までしかないけど、着座位置も足を前に投げ出すようなスタイルで楽しいですよ。

渡辺 日本市場では、輸入車もふくめて3ペダルのマニュアル車はよほど覚悟してカタログにならべているクルマだから、意外とツブぞろいなんですよ。

小川 もちろん、アストン・マーティンのV8ヴァンテッジとか、それはそれでよかったですよ。2ペダルの“スポーツシフト”の反応も早くて。クルマとしてどんどん洗練されてきましたね。

ただ、ほかにもいろいろと高級車に試乗しましたけど、なんだかんだいって、トゥインゴGTだったりフォルクスワーゲン・ゴルフ TSI トレンドラインだったりというシンプルで、クルマのストラクチャーがしっかりできているクルマはいいなってあらためて思いました。

ASTON MARTIN V8 VANTAGE|アストン・マーチン V8 ヴァンテッジ

 なるほど。僕はエコ系の話でいえば、スマートmhdに乗って信号待ちでアイドリングストップしたときに、窓を開けていたんで風がフーッと抜けたんですけれど、その瞬間はもうクルマじゃないんですよね。路上にはあるけれど。それはすごく新鮮な体験でした。

──それは同様にアイドリングストップ機能を備えたプリウスにもいえる?

 プリウスはもうちょっと囲われていた感じがするんです。スマートはなんとなく観覧車に乗っているような開放感がある。で、僕はいま葉山で自然と接しながら暮らしていることもあって、ひとびとの暮らしはもう少しシンプルにしたほうがいいんじゃないかなと思うんです。

子どもがいるとやはり子どもが大きくなったときの世のなかのことを考えるようになるじゃないですか。さきほどの話じゃないですけれど、クルマももう少しシンプルな方向にもどったほうがいいんじゃないかと思うんです。不便でもそれを受け入れるような。たとえば、昔のホンダ・バスモとか。

空調はないですけれど、そのぶん軽快で手軽に移動できるわけです。エコにはそんな選択肢があってもいいんじゃないかと思うんです。アジアにはタイの3輪タクシー、トゥクトゥクもあるし。
そういう価値観にいちばん近かったのが、スマートmhdでしたね。

──ベントレー的な良さも大切だけど……。

 やはり選べるほうがいいと思うんです。それこそがエコじゃないかなと。ものすごくゴージャスなものがあれば、ものすごくローコストでローインパクトなものもあるという。そんな世のなかであって欲しいですね。

──では、たとえばある程度経済力があって、クルマ趣味を楽しんでいるいるけれど、環境のことも気になるという方には、どんなクルマがお薦めですか。

渡辺 それこそ、スマートを選んだりしますよね、彼らは。

 自分の生活のなかでカーボンオフセットすればいいんじゃないですか。たとえば、1台は(ベントレー)コンチネンタルGTスピードで、もう1台をスマートmhdにするとか。

小川 良識ある考え方をすればアストン・マーティンを選んでもいいし、プリウスを選んでもいいということなんです。だから2008年はオウプナーズ的にいうと、自動車について、ひとびとがモノを考えて買うようになった年でしたね。自分の立ち位置というか、自動車観が試されているというか。

 たしかに、好き嫌いのまえになにか立ちはだかった年ですね。どんなクルマにせよ、理屈通してから買わないといけない。

小川 アストン・マーティン買うのもベントレー買うのも、なぜなのかというロジックが必要になったのかもしれないですね。

OGAWA Fumio

自動車雑誌『NAVI』編集部に約20年間勤務。自動車サイト『WebCG』(http://www.webcg.net/WEBCG/)立ちあげにかかわる。現在はフリーランスのジャーナリストとして『DHCおやじclub』(http://www.oyaji-club.jp/)、『日経BPtv』(http://bptv.nikkeibp.co.jp/)などの自動車関連コンテンツに加えて、グルメ(『週刊ポスト』『デパーチャーズ』等)やグッズ(『週刊朝日』)など広範囲にライフスタイルを手がける。

TAKI Masashi
1961年 静岡県生まれ。雑誌編集プロダクション、広告代理店制作部勤務を経て、神奈川県葉山町を拠点とするライターに。『エスクァイア日本版』等にクルマや旅をテーマに寄稿。2003年から4年間、『アウディマガジン日本版編集長』をつとめた。最近の楽しみは’79 KAWASAKI Z650LTDで出かける平日の温泉ツーリング。

WATANABE Toshifumi
1967年福岡県生まれ。企画室ネコ(現在ネコ・パブリッシング)にて二輪・四輪誌編集部在籍の後フリーに。『週刊文春』の連載企画「カーなべ」は自動車を切り口に世相や生活を鮮やかに斬る読み物として女性にも大人気。自動車専門誌のほか、『MEN’S EX』『UOMO』など多くの一般誌でも執筆し、人気を集めている。

           
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