特集|BLUE NOTE NOW!|第3章「ブルーノートはどこへ行く?」

特集|BLUE NOTE NOW!|第3章「ブルーノートはどこへ行く?」

LOUNGE MUSIC

特集|BLUE NOTE NOW!
創立75周年を控えた老舗レーベル「ブルーノート」の魅力に迫る
第3章|“ミスター・ブルーノート”と考える

「ブルーノートはどこへ行く?」(1)

1939年、ニューヨークで誕生したジャズレーベル「ブルーノート」。来年75周年を迎えるこの老舗レーベルが、いまあらたに注目を浴びている。なにがブルーノートを特別な存在にしているのか? その答えを探るべく、OPENERSでは今回、日本にジャズを浸透させた立役者、“Mr. Blue Note”こと行方均(なめかた・ひとし)さんに協力を依頼。若さと伝統が息づくレーベルの魅力に迫ろうとおもう。

特集の最後を飾るのは、昨年ブルーノートの社長に就任したドン・ウォズさん、そしてあたらしく仲間入りしたミュージシャン、ホセ・ジェイムズさんと行方さんのトークショー。75周年を控えたいま、ブルーノートはどこへ向かっているのか?

Photographs by Ryota MoriText by TANAKA Junko (OPENERS)

行方均、ブルーノートの歴史を振り返る

来年75周年を控えたブルーノート。1939年の創立以来、ニューヨークを拠点としてきました。モダンジャズの先端を走りつづけ、1970年にはロサンゼルスにオフィスを移転。「フュージョン(※)」の幕開け、これに参加します。そして1985年、再びニューヨークに戻ります。そこで「ジャズ・ルネサンス(=ジャズの復興)」、「ブルーノート・ルネサンス」とも言いますが、ニューヨークで生まれたあたらしい動き「アコースティック・ジャズ」復興の先頭を切ります。時代は進んで1992年、クラブ・ジャズシーンから生まれたアススリー(Us3)の「カンタループ(フリップ・ファンタジア)」が世界的に大ヒット。ブルーノートを舞台に「ヒップホップ・ジャズ」が顕在化します。

1998年には創立60周年を記念して、ルディ・ヴァン・ゲルダーというエンジニア(ブルーノートとの関わりは、第1章「ブルーノートが30分でわかるQ&A」のQ7を参照)が、過去の名作をリマスターするという一大プロジェクトを立ち上げました。このリマスター・シリーズ「RVG Edition」が世界的に非常に好評で、いまも継続しています。そして2002年、ノラ・ジョーンズの登場とともに21世紀のブルーノートが幕を開けました。

改めてその歴史を振り返ってみると、ブルーノートというのは、創立してから今日に至るまで、一貫してジャズの明日を作ってきたレーベルだとおもいます。そうしたなか、EMIがユニバーサル ミュージックに合流するという形で、2012年にあらたな「ユニバーサル ミュージック」が誕生、ここ日本でも今年4月に手続きが完了しました。EMIの傘下にあったブルーノートも、いまひとつのあたらしい時代を迎えつつあります。

その新生ブルーノートの時代を率いる人物、それがドン・ウォズです。ドンさんのことは、デヴィッド・ワイズと結成したバンド、ウォズ(・ノット・ウォズ)や、ローリング・ストーンズ、ボブ・ディランのプロデューサーとして、みなさんよくご存知だとおもいます。2012年には、あらたに「ブルーノートの社長」という肩書きが増えました。

じつはドンさん、わたしとほぼ同世代なんですね。我々の世代というのは、1960年代に多感な時期を過ごしまして、ジャズとロックが判然とせずにごっちゃになっているところがあるんです。人には「本籍地:ビートルズ、現住所:ジャズ」なんて説明していますけど(笑)。聞いたところによると、ドンさんが最初に度肝を抜かれたアルバムは、ジョー・ヘンダーソンのブルーノート盤『モード・フォー・ジョー』だとか。そのあと友達(ザ・ナックのダグ・ファイガー)が教えてくれるまで、ジミ・ヘンドリックスやクイーンのことは知らなかったそうです。

そういう彼の感性が、これからのブルーノートを形作っていくのではないかとおもいます。ここからはドンさんにも登場いただいて、そのあたりの話を聞いてみることにしましょう。

※フュージョン=ジャズ、ロック、ラテン音楽など、ジャンルの異なる音楽を融合した音楽。(出典:小学館「大辞泉」)

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