祐真朋樹・編集大魔王対談|vol.39 馬場圭介さん

祐真朋樹・編集大魔王対談|vol.39 馬場圭介さん

祐真朋樹対談

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無骨なイギリス人は今も昔も色気のあるものに憧れる!?

祐真 仕入れはその彼が?

馬場 そう。ロンドンは物価が高いから、1ヶ月ぐらいかけてマンチェスターとか、サウザンプトンとかノーザンプトンとか田舎の方をまわっている。全然値段が違うんだよ。

祐真 馬場さんは仕入れに関してはリクエストするの?

馬場 こういうのがあれば仕入れてきてとか、こういうのが売れそうだよ、とかね。

祐真 この店の中で馬場さんが特にいいと思うのは?

馬場 一番すごいのはこの3つ。なかなか見つからないと思うよ。アメリカの軍ものは日本でも多いけど、イギリスの軍ものだからめずらしいかもね。それから、あのカモフラとかは結構面白いんですよ。

祐真 今ではイギリスの古着を売っているということですが、当初馬場さんがガレージセール的な気分で売り始めたものはまだあるんですか?

馬場 もうないね。

祐真 (店の奥を指差して)あっちにあるのは?

馬場 売らないし、あげないし、捨てないシリーズ(笑)。

祐真 馬場さんが売りたくないっていうものはなんですか?価値のあるもの?

馬場 価値があるかどうかわからないけど、珍しいものとか、探しても手に入らないものとかかな。ほとんどイギリスものだね。

祐真 馬場さんがロンドンに住んでたのっていつでしたっけ?

馬場 1986年から88年までだったかな。

祐真 僕が東京に出てきたのが86年だから、馬場さんはちょうどその頃ロンドンへ行ったんですね。

馬場 そういうことになるね。音楽もアメリカよりUKのほうが好きだったから、行ってみたかったんだよね。

祐真 70年代後半〜80年代前半のロンドンは、ニューウェーブもパンクもロックもすごかったっていうイメージがありますね。86年あたりはどうでした?

馬場 ちょうどその頃って端境期で、ファッションにもスタイルがあんまりなかったんだよね。イギリス人でNIKE(ナイキ)を履いているやつなんていなかったよ。そもそもアメリカのものが一切手に入らなかったし。

祐真 手に入らないというのは、物理的にないというのと意図的に買わないというののどっち?

馬場 両方じゃない?興味がなかったんだろうね。イギリス人ってイタリア人に憧れているからね、今も昔も。

祐真 食も女も服も。なんなんですかね。

馬場 イギリス人って無骨だから、色気のあるものに憧れるんだよね。

祐真 僕、2002年にPaul Weller(ポール・ウェラー)※2さんにお会いしたんですよ。「服には関心がない」と言いながら、adidas(アディダス)の“イタリア”っていうマニアックな限定モデルを、わざわざイタリアから取り寄せたと自慢げに見せられました。その時、彼が着てきたシャツがETRO(エトロ)だった。

馬場 へー!意外。

祐真 でしょ?こっちはモッズルックなんかを期待していたのに、いきなりエトロで登場して、(野口)強さんも一緒だったんだけど、「え?まじ?エトロ?」って(笑)。「君たちがファッションの人っていうから、僕、オシャレしてきたんだよ。4番目の奥さんに選んでもらって買ったんだ」って。

馬場 イタリアに憧れるイギリス人の典型だよね。今の若い子は海外コンプレックスがないけどさ、おれたちは憧れだよね。一生染み付いてるんだろうな。

Page03. スタイリストの世界に飛び込むきっかけとなった出会い



※2 ポール・ウェラー
イギリス出身のシンガーソングライター、ミュージシャン。パンク・ロックバンド「ザ・ジャム」として活動後、「スタイル・カウンシル」のフロントマンを経て、ソロに。イギリスで過去40年間に渡り最もクリエイティブであり続けるシンガー・ソングライター/フロントマンの一人