ベントレーとスキーをめぐる物語|Bentley
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2014年12月24日

ベントレーとスキーをめぐる物語|Bentley

zai for BENTLEY|ザイ フォー ベントレー

ベントレーとスキーをめぐる物語

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大谷達也氏がベントレーに招かれて、スイスへ旅立った。聞けばスキーの取材をしにいったのだそうなのだが──

Text by OTANI Tatsuya

zai?

招待状のレターヘッドに描かれていたロゴはふたつ。ひとつは見慣れたベントレーのもので、もうひとつにはしゃれた書体でザイ(zai)と記されていた。

どうやらスイスのスキーメーカーらしいが、これまで聞いたこともなければ見たこともない。もっとも、私はスキーの専門家ではないし、冬が訪れるたびにゲレンデに通っていたのは、もうずいぶん昔の話。あたらしく登場したブランドを知らないのは当然かもしれないが、それにしても気になるのが「ザイ」という音の響きだ。直観的にいって英単語とはおもえない。いっぽう、スイスといえばドイツ語圏とフランス語圏があるので、きっとそのどちらかなのだろうと目星をつけながら、私は年末の旅行客で賑わう成田空港からスイス最大の都市であるチューリッヒを目指した。

ベントレーのスキー板

ベントレーがスキーメーカーと手を結び、その名を冠したスキー板が発売されているという話は今回、はじめて知った。

きっかけは、4年ほど前、当時ベントレーのCEOだったフランツ・ヨゼフ・ペフゲンが、スイスのディゼンティスというスキーリゾートを訪れたことにあったという。

このとき手に入れたスキー板に強く惹かれたペフゲンは、おなじディゼンティスにある製造元に出向くと、「このスキーがどのように生産されているかを見せて欲しい」と申し出た。このとき対応したのが、ザイ・スキーの創業者で、唯一のエンジニアであるシモン・ジャコメットだった。

「緊張しました」 ジャコメットがそのときの様子を振り返る「ベントレーという大企業のCEOが我々のような小さな会社を訪ねてきたのですから。もしかすると、これがきっかけで大きなプロジェクトに発展するかもしれないとのおもいもありました」

ザイの従業員は2003年の創業当時に8名、それからおよそ10年を経た現在でも12名を数えるに過ぎない。なにしろ、彼らは年間1,000セットほどのスキーを、ていねいに手づくりする高級ハンドクラフト スキーメーカーなのだ。

zai for BENTLEY|ザイ フォー ベントレー

ベントレーとスキーをめぐる物語

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こんなに美しいスキー板が存在するとは

「ペフゲンさんは我々が用いているスキー板の素材を熱心に眺めていました」とジャコメット。

ザイには表面にウォールナットやヒマラヤ杉などを貼ったモデルがいくつもある。それらの美しい木目は、ベントレーの大きな魅力であるレザーとウッドのインテリアをおもい起こさせるものだ。

「こんなに美しいスキー板がこの世に存在するとは……」 ザイ・スキーと出会ったペフゲンがそんな風に驚いたとしても不思議ではなかろう。

ザイが用いる素材は木材のようにオーソドックスなものばかりとはかぎらない。カーボンファイバーや最新の化学繊維、さらには生ゴムやステンレススティール、果ては石(!)の一種まで利用しているのだ。

「それらはただ見た目が美しいだけでなく、優れた特性を有しているのでスキーの材料として用いているのです」

そう語るジャコメットの言葉は自信に溢れていた。

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片麻岩(へんまがん) 複数の素材からなる変成岩 縞状の面を持つ

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東洋紡のポリエチレンを原料とした、強度、弾性にすぐれる繊維「ダイニーマ 」 クルマにも使われる

ベントレーと書かれただけのスキー板が欲しいわけではない

ペフゲンの訪問からしばらく経って、一通の案内が彼の元に届いた。内容は、ベントレーの本拠地であるイギリスのクルーにジャコメットを招くというもの。このとき、彼はベントレーのファクトリーで数々の発見をする。

「たとえばヒマラヤ杉は形状の安定性に優れているという話を聞きました。彼らはこれまでに膨大な数の素材をテストしていて、それらの詳細なデータを有していたのです。私たちのような小さなメーカーには、とてもそのようなことは真似できません」

この訪問中、ペフゲンからジャコメットにたいし「あなたたちとパートナーシップを結びたい」との申し出があった。

「ただし、ベントレーの文字が描かれたスキー板を私たちのコレクションにただくわえればそれでいいという話ではありません」と彼はつづけた。

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つまり、ペフゲンは単なるブランディングだけではなく、もっと深い部分での結びつきをザイとのあいだに求めたのである。

この提案に、ジャコメットは真剣に応えた。「私たちはゼロから開発をスタートし、完全に新しい製品をつくり上げました」 こうして誕生したのが「zai for BENTLEY」だった。

なお、いちばん廉価なモデルでさえ40万円ほどするザイのラインナップにあって、「zai for BENTLEY」はもっとも高価で、値段は80万円(!)ほどもする。

では、その“乗り味”はどのようなものなのか? 幸運にも、私はディゼンティスのスキーゲレンデでザイの代表的なモデルである「テスタ」と「zai for BENTLEY」に試乗(?)するチャンスを得た。

先に断っておくと、私はスキーのド素人であり、最後に板を履いたのは何年も前のことである。おまけに最近は体力の低下も著しい。だから、そんな高級なスキーを試しても、ちがいなどわからないだろうと高をくくっていた。

zai for BENTLEY|ザイ フォー ベントレー

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ベントレー×zaiの理由

しかし、これが簡単にわかったのである。ヘタなスキーヤーでも転ぶことなく、簡単かつ安全にスキーを楽しめる。これがザイ・スキーの最大の特徴なのだ。そのなかでも、選りすぐりの素材を用いた「zai for BENTLEY」は、卓越した振動吸収性能を有し、ハイスピードスキーでもまったく不安を抱かずに滑ることができた。

考えて見れば、これはベントレーのクルマづくりとよく似ている。

たとえばコンチネンタルシリーズであれば、507-625psというレーシングカー並みのハイパワーを誇りながら、洗練されたフルタイム4WDシステムと、数々のエレクトロニクス デバイスを盛り込んで安全性を確保。特別なドライビングテクニックを使わなくても、安心してハイスピードドライビングを楽しめる。つまり、ベントレーとザイは、ハイクォリティやクラフトマンシップという側面だけでなく、「安全に高速走行を堪能できるハードウェアを提供する」というフィロソフィーにおいても共通していたのだ。

zai for BENTLEY|ザイ フォー ベントレー

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私たちは今回、「コンチネンタル フライングスパー スピード」や「コンチネンタルGT V8」を駆ってディゼンティスを訪問したが、氷点下近い環境の高速道路はもちろん、全面雪に覆われた狭いスノーロードでも危険な状況に陥ることなく、快適かつ安楽にドライビングを楽しめた。スキーに出かける足として、ベントレー コンチネンタル シリーズほど贅沢なチョイスもない。

ザイとは

話は冒頭に戻って、ザイという社名の由来について紹介しよう。スイスの公用語は実は4つあって、前述したドイツ語とフランス語のほか、イタリア語とロマンシュ語というものがある。ただし、古いラテン語に近いとされるロマンシュ語はスイス南東部のごく一部で用いられているに過ぎず、日常的に用いているのはわずか3万5,000人ほど。いわば、絶滅の危機に瀕した言語がロマンシュ語なのである。

ここまで説明すればもうお気づきのとおり、ザイはロマンシュ語の一単語。創業者のジャコメットは古くからロマンシュ語を話す家系に生まれ、そして育った。実は、ジャコメット以外の従業員も全員ロマンシュ語を話すという。つまり、ザイという社名には、ジャコメットたちの深い誇りが込められていたのである。

「実は、ベントレー以外の自動車メーカーからもコラボレーションにかんする提案をいただいたことがあります」とジャコメット。

「しかし、彼らとは考え方に食いちがいがあった。そういうメーカーとコラボレーションをしたくはなかったので、お断りしました。けれども、ベントレーはちがいます。彼らとザイは物づくりの思想という深い部分で共通点がある。だからこそ、私たちは丹精を込めてzai for BENTLEYをつくっているのです」

zai for BENTLEY|ザイ フォー ベントレー

ちなみに、zaiはロマンシュ語で「タフ」を意味するという。

           
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