祐真朋樹・編集大魔王対談|vol.31 篠山紀信さん

祐真朋樹・編集大魔王対談|vol.31 篠山紀信さん

祐真朋樹対談

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今の時代は今のカメラで取るのがいちばんいい!

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祐真 先生は、アサヒカメラの新年号の表紙と巻頭グラビアはもう何年ぐらいやられているんですか。

篠山 1995年からなので、もう23年になりますね。

祐真 それはやはり先生のその年々の心の動きというか、最も興味のある対象を撮られているのでしょうか。

篠山 もちろん、自分が興味のない事はテーマとしては取り上げませんけれど、アサヒカメラというメディアが、そもそもカメラ愛好家のための雑誌なわけです。だから写真的に難解すぎず、読者の方が「どうやって撮ったんだろう」「こういうのを撮ってみたい」と多少なりとも思っていただくようなものがいいのだろうとは思っています。それと、新年の晴れやかな号ふさわしい、スケールの大きい写真がいいのかなと。まぁヌードも多いんですけれど、歌舞伎や世界的なバレエダンサーもずいぶん撮りました。ここ数年は館のシリーズで、どこにあるかわからない幻の館に僕が迷い込むと、そこには美しい女たちがいるというストーリーが続いています。

祐真 館のシリーズは本当に最高だなと思います。まるで竜宮城のようでファンタジックだしロマンがある。

篠山 そう、竜宮城! だから玉手箱をぱっと開けた瞬間にみんな現実に戻って老人になってしまうという。そういうものに近いですよね。だからお正月はみんな竜宮城に行きましょう!ということでいいんじゃないですか(笑)。

祐真 それだと温泉に行くCMみたいになっちゃいますよ(笑)。

篠山 それと、女性の裸って似ているようで似ていないんです。ヌードというテーマにしても、だんだん近未来的になってきていますから。

だから前回の新年号に掲載した『快楽の館2』では、原美術館から抜け出た女性たちが館を闊歩する作品になりました。

今回の新年号では、どこにいるのかわからないイノセントな女性たちがいる館になっています。

これはある意味、近未来的なものに対する欲望や不安に時代が席巻されてきていることでもあるんじゃないでしょうか。さらに、モノをつくりだすには「不安」がないとできないんですよね。

自信たっぷりに「どうだ、すごいだろう!」と見せられる作品ほどつまらないものはないわけで、ドキドキしながら自身の見方を疑ってかかるほうがより良いモノができます。

祐真 はい、それは僕もよくわかります。

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「LOVE DOLL×SHINOYAMA KISHIN」
© Kishin Shinoyama

篠山 だから、人間とラブドールが出会って、そこにマネキンが加わることで、人とモノとが混在し、いったいどっちが本当でどっちが嘘みたいなのがわからなくなるようなことが、今の時代にすごく合っているのだと思います。アサヒカメラのこれまでの新年号の表紙も、その時代ごとにテーマが符合しているんです。例えば僕は1996年のアトランタオリンピックにも行っていて、翌年の新年号の表紙はアスリートの写真です。五輪に出場する選手というのは特別な肉体を持っているけれど、競技の前には強烈な不安と闘っています。舞台をやっている人も同じで、ステージでは自分の役に本当に入り込んでしまうので、人間が人間でなくなっていく。だからこそ、そういう瞬間こそが本当に美しく、不思議な光を発するわけです。さらにその瞬間は写真でしか撮れない。そういう写真でしかやれないことを、僕はやっているんです。

祐真 ライフワークのようなものですね。そうすると先生は、頭の中には常に翌年の新年号のテーマのことを考えていらっしゃるんでしょうね。

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「LOVE DOLL×SHINOYAMA KISHIN」
© Kishin Shinoyama

篠山 アサヒカメラという媒体が他と違うのは、カメラを使えば何をやってもいいんです。ヌードだってアイドルだって人形だっていい。

その年々に時代と反応できるテーマを選びながらずっとやってきたわけです。でも面白いのはカメラも2000年頃を境にデジタルにガラッと変わるわけです。

写真が発明されて190年。写真の歴史にとって最も大きな変革というのは何か。それはデジタルになったということです。それまでずっと化学だったのが電気エレキになった。この違いは本当に大きいです。

祐真 写真というものを世に出す仕組みが劇的に変わったということですね。

篠山 この大きな変革があってから、写真はネットやパソコン、スマホで見ることが普通になりました。僕が表紙を撮り始めた90年代は紙の全盛期です。そういう時代からデジタルになってもまだ表紙と巻頭をやらせていただいているというのも、ある意味、写真の持つ意味も変わってきているとは思いますね。

祐真 先生はいつも最新のカメラをお持ちですけれど、時にアナログのカメラでも撮影したりはなさるんですか。

篠山 8×10のカメラだけは、BRUTUSの『人間関係』という20年やっている連載で撮るためだけに使っていますが、それも初回がそのカメラだったのでずっとやっているだけです。8×10のカメラにしてもフィルムはもうカラーの一種類しかないし、ネガカラーもモノクロもないし、ポラロイドもない。昔はポラロイドを撮って構図や露出を決めて本番を撮ったものなんですが、今はもうそれもないからぶっつけ本番で撮っていますよ。それ以外はもう全部デジタルです。ハッセルブラッドのカメラを使うとか、フィルムカメラを使うとか、そういうのはもう一切していません。

祐真 普通はその「ぶっつけ」ができないですから(笑)。じゃあもう今は、新しいカメラで今の時代を撮っていくというスタイルですね。

篠山 僕が何十年もこういうスタイルでやっていられるという事は、これ!というテーマを決めてないからともいえるでしょうね。テーマは何かと問われたら「時代が生んでいる魅力」を撮っているということ。

だからどちらかといえば僕が考えているというよりは、時代が考えて、時代が僕に撮れといっているわけです。「来年は何を表紙にするんですか?」聞かれたら「来年の時代に聞いてくれ」と答えるしかないんです。

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祐真 そりゃあそうですよね。準備しているものじゃないですしね。

篠山 だから僕は、今の時代は今のカメラで撮るのがいちばんいいと思っています。撮ったらすぐにパソコンで見て、メールですぐにエディトリアルデザイナーに送ることができる。印刷だってもうデジタル化しているわけですからね。若い世代でフィルムの味わいがいいという人もいますけど、僕は違う。今は、今!

祐真 先生の現場ではいつも「民主的でしょう?」と撮った写真をパソコンで見ながら、その場の全員でセレクトするじゃないですか。僕はそれに心底感服するし、素晴らしいなと思うんです。そういう形もデジタルじゃないとできないことですね。

篠山 そうですね。もう最近はみんなで見て決めますよ。

祐真 もうそろそろ何かフツフツと湧き上がってくるようなものはあったりするんでしょうか。

篠山 そうですね、やっぱり湧き上がってはきていますけれど、こればかりはナイショ。次回作は「時代」に聞いてみてください(笑)。

祐真朋樹・編集大魔王対談|vol.31 篠山紀信さん

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篠山紀信|Shinoyama Kishin
1940年東京都生まれ。日本大学芸術学部写真学科在学中より写真家として活動をスタート。広告制作会社を経て1968年よりフリーとなり、数多くの話題作を世に送り出す。50年近くに渡って写真表現の第一線を走り続け、今なお新しい挑戦を続ける姿勢には国内外から賞賛の声が絶えない。1995年より表紙と巻頭を撮り続け、『処女(イノセンス)の館』が掲載されているアサヒカメラ2018年1月号(朝日新聞出版 900円)も絶賛発売中。DVD BOOK『処女(イノセンス)の館』(小学館)は2018年2月刊行予定。
www.shinoyama.net


kairaku

『快楽の館』
篠山紀信著 講談社 3500円

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『LOVE DOLL×SHINOYAMA KISHIN』
篠山紀信著 小学館 3900円

『INNOCENCE 処女の館』の短編動画も公開中

ABOUT
SUKEZANE Tomoki

1965年京都市生まれ。(株)マガジンハウスのPOPEYE編集部でファッションエディターとしてのキャリアをスタート。現在は『UOMO』『GQ JAPAN』『Casa BRUTUS』『MEN’S NON-NO』 …