連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ 第15回『希望のかなた』
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2018年10月16日

連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ 第15回『希望のかなた』

連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ

第15回 ミニマルに世界の今を描く
『希望のかなた』

近頃、世の中が不寛容になっているという嘆きをよく耳にする。以前なら、笑って済まされていたようなことが対立や衝突を生む。もちろん、笑いでごまかせないことも多いし、白黒はっきりさせることは悪いことではないかもしれない。だが、複雑化した社会では、人々の都合が複雑に絡み合い、誰かの善は誰かの悪になりかねないのだ。

Text by MAKIGUCHI June

人を動かす、相違と類似

たとえば、ヨーロッパで今、頻繁に意見が交わされている難民問題。様々な理由から自国で暮らせなくなった人々が安全な場所に逃げたいと思うのは当然なのだが、難民側と、受け入れる側では、視点が変わり正義・正論が変わる。受け入れ賛成派と反対派でも同じだろう。

こんな複雑な問題を、さらりと単純化させたのがアキ・カウリスマキ監督だ。『浮き雲』『過去のない男』などで日本でも人気が高い。新作『希望のかなた』では、内戦が激化するシリアから逃れてきた青年カーリドと、孤独なレストラン経営者ヴィクストロムが主人公。

空爆ですべてを失ったカーリドは、道中ではぐれた妹を探すうち、フィンランドのヘルシンキに流れ着く。多くの難民に悩まされている行政は決して寛容ではなく、受け入れ反対派住民たちからは差別や暴力を受けるが、たまたま出会ったヴィクストロムと彼の店で働く者たちの小さな善意によって、希望を見つけ出していく。新しい人生をスタートさせようと考えていたヴィクストロムもまた、カーリドとの出会いで大切なものに気づかされるのだ。

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それほど多くの難民を受け入れていない日本で、この問題を論じることは他人事にしかならないだろう。だが、多くの難民が押し寄せた場合、受け入れ側には大きな負担が生まれることは想像に難くない。決してきれいごとでは済まされないことも。自分事になったとき、受け入れに賛成するか反対するかの結論を出すことさえ容易ではないかもしれない。

だが、ここに登場するレストランオーナーと従業員たちは、ほんの少しの葛藤も見せず、国外退去処分となったカーリドを当然のようにかくまうのだ。困っている人がいるから助ける。彼らにとって、物事は至極シンプルなのだ。

行政の非情な決定や、反対派による暴力など、今までのカウリスマキ作品にはあまり見られなかった残酷な現実も描かれているが、そこからは監督が難民問題を決して簡単な問題ではないと考えていることがよくわかる。だからこそ、ヴィクストロムと彼の従業員たちの純粋さが極めて鮮明に浮かび上がってくるのだ。

これまでの作品同様、登場人物たちは感情を一切見せず、笑うこともなく不愛想だが、かえってそれが表面的なフィルターをかけることなく物事の本質をくっきりと映し出していく。本質とは、役人や差別主義者たちが“難民と自分たちとの違いを意識している人々”であり、ヴィクストロムとその仲間たちは“難民と自らの共通点を意識している人々”だということだ。

さらに、誰もが不愛想であるという点からはカウリスマキ監督が貫く、究極のミニマリズムが見えてくる。本作を観ていると、複雑化する社会に生きる私たちにとって、ものごとを単純化していくことこそが、問題の本質をあぶりだし、解決の糸口を見つけやすくするという意味で、幸せな人生への近道になるのではないかと思えてくるのだ。

大切なのは、愛想より建前より、心。ただ、人が人を思う気持ちを否定しないということが、社会の原則であり、共存の近道なのかもしれないと。

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だが、それがどんなに正論でも、誰かにとっては偽善でしかないならば、どれほど声を大きくしても、一番届いてほしい誰かには届かないだろう。そこで、カウリスマキ流のユーモアが生きてくる。難民問題という手ごわい相手に正攻法で向かっていけば、様々な立場の人がそれぞれの正義をぶつけ合い、決して解決にはたどり着けない。もちろん、本作がこの問題の解決策を示しているわけではないが、人々を忘れかけていた非常にシンプルな“原点”へ振り向かせることができるなら、行き場のなくなった議論に一石を投じることになるかもしれない。それには、誰もが耳をかたむけやすいユーモアの力が必要なのだ。

監督がこの作品に込めた思いが、素敵なメッセージになって届いているので、引用をもって終わりたいと思う。

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「私がこの映画で目指したのは、難民のことを哀れな犠牲者か、さもなければ社会に侵入しては仕事や妻や家や車をかすめ取る、ずうずうしい経済移民だと決めつけるヨーロッパの風潮を打ち砕くことです。ヨーロッパでは歴史的に、ステレオタイプな偏見が広まると、そこには不穏な共鳴が生まれます。臆せずに言えば『希望のかなた』はある意味で、観客の感情を操り、彼らの意見や見解を疑いもなく感化しようとするいわゆる傾向映画(※)です。そんな企みはたいてい失敗に終わるので、その後に残るものがユーモアに彩られた、正直で少しばかりメランコリックな物語であることを願います。一方でこの映画は、今この世界のどこかで生きている人々の現実を描いているのです」

※傾向映画とは1920年代にドイツおよび日本で起こった、商業映画の中で階級社会、および資本主義社会の矛盾を暴露、批判した左翼的思想内容をもつプロレタリア映画のこと。

★★★★☆
非常に今日的なテーマを掲げ、新境地を開いたカウリスマキ監督の意欲作。

『希望のかなた』
監督・脚本:アキ・カウリスマキ
出演:シェルワン・ハジ、サカリ・クオスマネン、ほか
配給:ユーロスペース
12月2日(土)、渋谷・ユーロスペースほか全国順次公開
© SPUTNIK OY, 2017

牧口じゅん|MAKIGUCHI June
共同通信社、映画祭事務局、雑誌編集を経て独立。スクリーン中のファッションや食、音楽など、 ライフスタイルにまつわる話題を盛り込んだ映画コラム、インタビュー記事を女性誌、男性誌にて執筆中。

           
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