祐真朋樹・編集大魔王対談|vol.29 黒木理也さん

祐真朋樹・編集大魔王対談|vol.29 黒木理也さん

祐真朋樹対談

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今回、編集大魔王が対談相手にお迎えしたのは、MAISON KITSUNÉ(メゾン キツネ)共同設立者でクリエイティブディレクターの黒木理也さん。プロデュースを手掛けたオーストラリア出身のバンド「パーセルズ」の話から自身のブランドやカフェの話、今後予定していることまで、先日オープン1周年を迎えたメゾン キツネ代官山で伺いました。

Interview by SUKEZANE TomokiPhotographs by SATO YukiText by HATAKEYAMA Satoko

ダフトパンクとプロデュースしたバイロンベイ発の「パーセルズ」とは?

祐真朋樹・編集大魔王(以下、祐真) 今日はまず音楽の話から聞かせてください。ダフトパンクがプロデュースを手掛けて、KITSUNÉのレーベルから曲をリリースしたオーストラリア出身の「パーセルズ」が話題です。こういうことは以前からやっていたことなんですか?

黒木理也さん(以下、マサヤ) いや、今回が初めてです。ジルダ(・ロアエック)とレーベルを持って15年。いろんなアーティストをプロデュースしてきた中で、いつかはバンドをプロデュースしてみたいという気持ちは常にあったんです。いろんなところでアンテナを張っていた中で見つけた今回のパーセルズは、オーストラリアのバイロンベイというところで活動していたんですよ。

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祐真 バイロンベイといえばキレイな海が有名で、どちらかというとサーファーのメッカというイメージですよね。しかしまた、どうやって見つけたんですか?

マサヤ バイロンベイという場所は、数年前にDJとしてオーストラリアへツアーで行った時に、二日間ぐらいデイオフしてすごく気に入った場所でもあるんです。それで、バイロンベイ出身だというパーセルズからたまたまデモが送られてきたので「へえ」と思いながらジルダと聴いてみたらビックリ。「この若さでこれはすごい」となったわけです。当時の彼らは18歳のサーファー仲良し5人組で、ブロンドのロン毛で70年代の古着を着ているような若者たち。音もL.A.とかで普通にラジオをつけるとFMから流れているようなポップな感じで、少し磨いてプロデュースすれば、どんどん育っていくんじゃないかという可能性を感じたんです。そこからレーベルとして今までなかったぐらいに力を入れて、僕とジルダは彼らのマネージメントの方向性まで全てを考えたほど。それで、曲も出来上がってプロモートしたら、すぐにラジオもオンエアしてくれたし、フェスのブッキングも早いし、ライブショーもトントン拍子に決まったという具合です。

祐真 ジルダと2人で「すごい!」と感じたということは、彼らの音というのはかなり新しい感じだったんですか?

マサヤ 今までにないファンクな感じでした。音の響きは新しいけれど、メロディは古い。若い子から大人までみんながいいと感じられる音楽、言い換えれば“ニューヴィンテージ”のようなフレッシュさを持っていたんです。そして、パリで彼らをお披露目した時に、ダフトパンクの二人がちょうど来ていて、2曲目あたりでトーマ(・バンガルテル)がジルダに「このバンドとスタジオに行けるか?」っていきなりオファーしてきたというわけで。

祐真 ダフトパンクがいきなりそう言ってくるというのはすごいですね(笑)。

マサヤ こちらも「え?」という感じ(笑)。とりあえず彼らのライブが終わるまで観てもらって、ライブが終わった時点でバックステージに連れて行ったんです。ダフトパンクが会いたがっているということをパーセルズに伝えたら、いきなり固まってしまって、「スタジオに一緒に行きたいと言っているから、今から会う?」と聞いた瞬間、メンバー5人とも「えぇぇぇ~~~!」となって(笑)。

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祐真 そりゃあ、そうなりますよね。びっくりしている情景が目に浮かぶ(笑)。

マサヤ 世界的にも有名なアーティストが若いバンドに何かを感じて一緒にスタジオに行くっていうのは、考えればシンプルなこと。アーティスト同士のフィーリングで何かを生み出す、これが本来の姿なのだとも思いましたね。そしてダフトパンクのプロデュースで半年かかってできたのが、先月リリースした「オーバーナイト」という楽曲です。そこからはインスタグラムとかのSNSのおかげもあって、嬉しいことに結構知られるようになったんです。

Page02. メゾン キツネ代官山オープンから一年。今後の展望は?

ABOUT
SUKEZANE Tomoki

1965年京都市生まれ。(株)マガジンハウスのPOPEYE編集部でファッションエディターとしてのキャリアをスタート。現在は『UOMO』『GQ JAPAN』『Casa BRUTUS』『MEN’S NON-NO』『ENGINE』等のファッションページのディレクションのほか、著名アーティストや文化人の広告のスタイリング等を手掛けている。パリとミラノのコレクション観覧歴はかれこれ25年以上。   Born in 1965 in Kyoto, Japan. He started his career as a fashion editor at POPEYE magazine of Magazine House. Currently, he is working on various magazines such as UOMO(SHUEISHA), GQ(Conde Nast Japan),Casa BRUTUS (Magazine House), MEN’S NON NO (SHUEISHA), ENGINE(SHINCHOSHA)and he is setting styling people such as artists and […]