連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ『ノーマ東京 世界一のレストランが日本にやって来た』

連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ 第7回『ノーマ東京 世界一のレストランが日本にやって来た』

牧口じゅんのシネマフル・ライフ

連載|牧口じゅんのシネマフル・ライフ

第7回 プロの何たるかを知る、滋味豊かなドキュメンタリー

『ノーマ東京 世界一のレストランが日本にやって来た』

近頃メディアでさまざまな分野のプロたちの素顔が紹介されているが、共通して見えてくるのは、彼らにとって仕事は単なる職ではなく一種の生き様であるということだ。なぜその仕事をするのか、どこまで努力すればいいのかといった疑問はそこにはない。ただ、高みを目指し、手が、足が、創造力が、そして心が自然に動きだす。

Text by MAKIGUCHI June

飽くなきチャレンジ精神と、枯れることのない情熱

世界のベストレストラン50」で4度の1位に輝き、7年連続で入賞を果たしたデンマークのレストラン「ノーマ」のオーナー・シェフ、レネ・レゼピもそんなプロのひとりだ。彼とそのチームを1年にわたって追ったドキュメンタリー『ノーマ東京 世界一のレストランが日本にやって来た』を観れば、だれもがそれを確信するだろう。

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2015年1月、マンダリン オリエンタル東京に5週間限定でオープンした「ノーマ東京」には、2000席に対し、6万2000人が予約のウェイティングリストに連ねたという。映画では、レネ・レゼピ率いるチームが準備に費やした日々が記録されているが、何しろその舞台裏が凄い。

まずレゼピらは、日本の食通たちとともに、北海道から沖縄まで駆け巡り食材をハンティングしていった。しじみ、人参芋、くわい、百合根、カブ、米、イカ、そしてアリ。初めての味に出会っては、驚き、戸惑い、喜びながら、想像をふくらませていくのだ。使用する食材候補を選び抜いた後は、メニュー開発に入っていく。日本ならではの食材を使って驚く様なメニューを開発するため開店1か月前に東京に送り込まれたスタッフは、期間中、ずっと厨房で料理を作り続ける。食材ハンティングの際の、無邪気で楽しげな様子とは打って変わり、ここから産みの苦しみが始まるのだ。ぎりぎりまでデンマークを離れられないレゼピに、メニューを任された精鋭たちは、来る日も来る日も、最大限に素材の味を引き出すべく、見たこともない、新しい味わいの日本の食材と格闘する。その末、開店15日前に来日したボスに、怒涛のダメ出しを食らう。「本店と同じメニューでは意味がない」「本当にこの味がベストか」とレゼピとチームは共に苦悩し、ようやく提供する14~16品の料理が決まったのはオープン直前。結局、食材の中には満足いく味が出せず、断念するメニューもいくつかあった。

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あの「ノーマ」が期間限定ながらも東京に進出する。その注目度の高さは、キャンセル待ちの人数からもよくわかる。デンマークに行けないアジアの美食家、本店の予約が取れず悔しい思いをしてきた人々、そして日本の食材がどう「ノーマ」流に料理されるか興味津々の常連たちが、一夜の食事に喜んで約7万円近くを支払う。それもこれも、「ノーマ」だから、レゼピが作るから、なのだ。

その大きな期待にどう応えるか、あら捜しを好んでする人々をどう黙らせるか。レゼピの肩にかかるプレッシャーはすさまじい。「東京で店を開くなんて、どうして可能だと思ったんだ!」と自問する場面も見られるが、そこからは世界的なカリスマシェフではなく、ひらめきだけで何でもできる魔法使いでもなく、苦悩する一人の人間の姿が見えてくる。

慣れない環境で戦うのは確かに無茶なのかもしれない。すでに世界的な評判を得て、予約も取れない人気店となり、世界中からわざわざ人々がコペンハーゲンに足を運ぶのだから、それを大切にしていればいいのだと凡人は思う。でも、飽くなきチャレンジ精神と、尽きない好奇心、枯れることのない情熱、そして誰も味わったことがない料理を作りたいという強い衝動が、彼をつき動かすのだ。今ある地位を失う危険性があったとしても、攻め続け、挑戦し続けずにはいられない。だからこそ、彼は新しいことを生み出し続けることができる類い稀なるプロフェッショナルなのだろう。

そんな彼だから、食材選びから、メニュー開発まで、そこまでやるのかと思わせるほどのこだわりと情熱を見せる。こだわりと情熱を継続させるというのはある種の非凡な才能だ。こういったものを常に抱えているということは、おだやかな幸せを犠牲にすることと同意なのかもしれない。でも、彼らのような人々無しに世界は広がらないし進化もしない。期待されるということは、進化の責任を担うということなのだろう。

「ノーマ東京」で提供されたコースの中でもひときわ印象的だったのが、ゲストたちを一瞬で現実から逃避させ、「ノーマ」が展開する夢のような世界に誘うための最初のひと皿「ANTS ON A SHRINP」だ。生きた海老にアリが乗せられシジミ貝で飾られている(シジミ貝をこんな風に使うなんて驚きだ)。こういった料理を味わいたいか、それを美味だと思えるかどうかは、この際、関係ないのかもしれない。優れたクリエイティビティとは、好き嫌いを超えた領域で、我々を一歩先の観たこともない世界へと誘ってくれる。本作では、飽くなき挑戦の果てにしかない奇跡が、まさに生まれ出る瞬間を目撃できると言っても過言ではない。美食家や食品関係の仕事に就いている人にとって、本作はとんでもなく心躍る作品だろうが、本作を楽しむのに美食家かどうかは全く関係ない。プロの何たるかを知ることのできるという意味で、とても滋味豊かなドキュメンタリーなのだ。

★★★☆☆ 
プロフェッショナルとはこういうこと。それを痛いほどわからせる記録映画。

『ノーマ東京 世界一のレストランが日本にやって来た』
12月10日よりヒューマントラストシネマ有楽町、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次公開
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牧口じゅん|MAKIGUCHI June
共同通信社、映画祭事務局、雑誌編集を経て独立。スクリーン中のファッションや食、音楽など、 ライフスタイルにまつわる話題を盛り込んだ映画コラム、インタビュー記事を女性誌、男性誌にて執筆中。