ロールス・ロイスを支える匠たち|ROLLS-ROYCE
CAR / FEATURES
2014年12月10日

ロールス・ロイスを支える匠たち|ROLLS-ROYCE

Rolls-Royce|ロールス・ロイス

クラフツマンシップの真髄

ロールス・ロイスを支える匠たち

英国グッドウッドに本拠地を置き、熟練の職人たちの手によってオーナーのさまざまな好みに仕立ててくれる高級車「ロールス・ロイス」。価格だけでは計れない、このクルマを特別な存在としている重要な要素はどこにあるのか。小川フミオがクラフツマンシップの真髄に迫った。

Text by OGAWA Fumio

英国で生まれた特別なクルマ

ファントム シリーズIIが日本発売されたばかりのロールス・ロイス。このクルマが一頭地を抜く存在である理由は、たんなる移動手段ではないからだ。ロールス・ロイスに乗るのは特別な体験だ。その理由のひとつが、熟練した職人たちによる仕上げの美しさにある。

英国グッドウッドに本拠地を置くロールス・ロイスは、ロボットを使いながら精密な組み立てがおこなわれるいっぽう、仕上げは多くの職人たちにまかされる。1台4,000万円を超えるクルマのオーナーが、自分好みの仕様に仕立てたいとおもうのは当然だ。同社ではそのためビスポーク(特別あつらえ)に力を入れてきた。

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熟練した職人たちの存在

基本は、ウッド、レザー、それに塗色だろう。そのためにロールス・ロイスは、室内で使うウッドパネルなどを加工するウッドショップ、シートやダッシュボードなどの革を加工するレザーショップ、塗色から車体の仕上げまで担当するペイントショップなどを伝統に抱えてきた。さらに現在、これらの部門の強化をはかっている。

さきごろニースでおこなわれた「ファントム シリーズII」の試乗会では、ル・キャップ・フェラという高級ホテルに、上記の各部門が一時的に引っ越してきた。そしてそれぞれの担当者から、ロールス・ロイスを特別なクルマにしている重要な要素であるクラフツマンシップの真髄について、話を聞くことができた。

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クラフツマンシップの真髄

ロールス・ロイスを支える匠たち(2)

ウッド加工のスペシャリスト

ウッドショップは名前のとおり、室内でおもに使う木材の加工を専門とする。ひとくちにウッドといっても、実際は、プレス、トリム、サンディング(やすりがけ)などの専門に細分化される。ウッドパネルになる加工木材は、ドイツの専門会社がミラノに持つ工場から、グッドウッドのボディショップまで運ばれる。

ロールス・ロイスを支える匠たち|ROLLS-ROYCE

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話を聞いたのは、彼らの言葉で言うベニアスペシャリスト。仕事内容を詳しく聞くと、マーケトリー(木による象がん)といって、木の中に木をはめこんで模様をつくっている。「マーケトリーはダッシュボードのアクセントとして綺麗だし、手がこんでいるのでオーナーのプライドをくすぐります。オーダーが入ると、スケッチでイメージを固めたあと、鉛筆と定規で薄い板に下書きをして、それに従って短い刃のカッターで切っていきます。最も重要なことは、まっすぐな線を狂わずにカットすることです」。

説明してくれたスタッフは、16歳でこの世界に入り、4年間の弟子入り期間を経て、ロールス・ロイスで本格的な仕事を任されるようになったそうだ。薄い木をカッターで綺麗に切っては、色のちがう木材をうまく組み合わせて模様をつくっていく。その手つきは鮮やかだ。

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ロールス・ロイスを支える匠たち(3)

皮膚感覚を必要とするペイント作業

ファントムで全長6mになんなんとするだけに、ロールス・ロイスは塗りごたえがある。塗装部門はスタッフを多く抱えている。現在、100名が2シフト制で働いているとのことだ。やすりがけとか磨きとか、人間の感覚が必要なのだろう。職人の手作業も(おそらく部分的に)採用している。

ニースで話しを聞いた男性は、10年間、グッドウッドのペイントショップで働き、いまはコーチラインや小さな絵によるアクセントを担当している。コーチラインとは、ボディ側面にフロントからリヤにかけて引かれた細い線のことだ。これは手書きである。まるで爪楊枝のような細い専用の筆を手に作業の肝を説明してくれる。「筆先は2mmと3mm。それにエナメルの塗料をつけて、直接車体の上に線を引いていきます。定規をあてるわけでもないので、最初は緊張します。筆に使う素材ですが、リスのしっぽの毛です。私が使っている筆は、ドイツのメーカーが作ってくれています」。

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熟達に要した時間は約6カ月。「いい職人の条件ですか? 技術力があるのはもちろんですが、自分の感情をコントロールできること、そして、才能でしょう。生まれもったセンスが、かなり重要です。それがないと伸びていかないですね」。余裕を感じさせる手つきで、スーッと線を引いてみせてくれたり、ロールス・ロイスのマスコット「スピリッツ・オブ・エクスタシー」の姿を金属板の上にさらさらと描いてくれる。誰もが描けるものではないのだ。

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ロールス・ロイスを支える匠たち(4)

徹底したレザーカラーのマッチング

ファントム1台に牛11頭分の皮が使用されるそうだ。ヘッドライナー、ドアパネル、コンソール、ピラー、シート、ダッシュボードやステアリングホイール……なんと多くの場所にレザーが使われていることか!

それだけにレザーショップは100名を擁し、裁断、くるみ(芯になる合成樹脂の部品を革でくるむこと)、裁縫など、多くの専門職人がかかわっている。ファントム1台分のシートを仕上げるのに5人がかりだという。

使うのは欧州の牛で、自然の環境で育てられた食用牛を、あえて使用することでムダをなくしているそうだ。皮は下処理のやりかた、乾燥の仕方、なめし方などで、仕上がりはずいぶん変わる。ロールス・ロイスでも、ファントムゴーストとでは加工を変えている。革の表面処理のやり方で、触感も見た目の印象もだいぶことなる。それがクルマの印象にも影響する。

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ファントムとゴーストとで共通しているのは、ロールス・ロイスでは皮の表だけでなく裏も含めて両面を染めている点。色に深みをだすためだ。「11頭分の皮を使うので、とにかく大事なのは、おなじ色に組み合わせることです。そうしないと高級感がなくなってしまいますから。なかには、ごまかしやすい色もありますが、難しい色もあります。どれでもおなじプロセスを経て、徹底的に色のマッチングをやっていきます」。ソーイングマシニスト、つまり縫製を担当する女性はそう説明してくれた。

彼女の仕事は革への刺繍。ヘッドレストにモノグラムといってイニシャルを図案的に組み合わせた刺繍を入れるのは欧米では比較的ポピュラーだが、なかには、ワシの頭を刺繍してほしいとか、革シートを一種のキャンバスに見立てて、特別な模様を希望するオーナーも少なくないようだ。

クルマに自己を投影する

ほかには、ヨットのように仕立てるとか、ピクニックキャビネットをビルトインするとか、特別あつらえの注文も多い。さまざまな形であらゆる要望に応えられる態勢で臨むのが、高級車ロールス・ロイスのありかたなのだ。日本人は欧米やアラブほど、クルマに自己を投影することに熱心ではない。

ひとつは自分の趣味を見せることに気後れしているせいかもしれない。あまり極端な車体色とかは社会的な迷惑にもなりかねないが(笑)せっかく注文をなんでも聞いてくれるクルマを買うなら、洋服感覚とは言えないが、住宅感覚でカスタマイズを楽しむのもアリだろう。

           
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