連載|ロンドンの記憶と記録のあいだ 第4回「返事はいらない」
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2015年11月24日

連載|ロンドンの記憶と記録のあいだ 第4回「返事はいらない」

アーティスト・久保田沙耶がロンドンで見たもの、感じたもの

第4回「返事はいらない」(1)

芸術が生活に根ざした街、ロンドン。日々、あたらしい表現が生み出される「創出」の場所である一方で、至るところに埋葬された過去の遺産を掘り出して、いまに蘇らせる「蘇生」の場所でもある。後者の行為は、たとえるなら過去から現在への伝言ゲーム。そんな時代を超えた“壮大な遊び”に心躍らない表現者がいるだろうか? 2015年4月か10月まで、修復とファインアートを学ぶために彼の地へ留学中の久保田沙耶もその魅力に惹きつけられたひとり。ロンドンの記憶と記憶のあいだを漂う日々のなかで、琴線に触れたヒト・モノ・コトを綴ります。

Text by KUBOTA SayaEdited by TANAKA Junko (OPENERS)

ふたりの郵便局長との運命的な出会い

イギリスから日本への帰り道、わたしは手荷物に青いステンドグラスを抱えて帰国した。「英国漂流郵便局」局長のブライアン局長から、粟島の「漂流郵便局」局長の中田さんへ、手作りの贈り物をわたすように言づけされたのだ。ここにきてはじめて、郵便局員らしい仕事をしているような気がする。帰国後すぐに、漂流郵便局の秋開局をおこなうため粟島へ向かった。

漂流郵便局はこの秋開局で、ちょうど2年目を迎える。私が渡英しているあいだにも空間は刻々と変化し、椅子も机も手紙も、局長による記録も増えていた。中田局長と堰を切ったように、お互いの半年間で起こったできごとを話し倒し、ひとしきり話し終えたあと、「漂流郵便局も私たちふたりも、性格がすこしずつ変わってきたようだね」と中田局長がつぶやいた。

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開局時は、喧嘩することも多かった局長と私も、いまではまるで角がとれた漂流物のようになることができたのは、紛れもなく漂流郵便局自体のもつ独特な“流れ”によるものだろう。2年たった今日も一緒にプロジェクトを見守ることができていることや、赤の他人同士だった私たちが、プロジェクトを通して、ささやかな変化までをもいっしょに共有できることをとてもうれしくおもう。ブライアン局長からの贈り物を手わたし、受付窓口にふたりでステンドグラスを飾りながら、イギリスにおもいを馳せた。

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ロンドンでの日々をおもい返すと、やはりブライアンさんに出会った日のことが忘れられない。イギリスの郵便制度のリサーチのため「The British Postal Museum & Archive」の倉庫を訪れているときに、たまたま出会ったのが元郵便局員のブライアンさんだった。そのとき、中田局長とおなじく、彼から独特の深く優しい芯のしなやかさを感じたときは、長年郵便に携われてきた方のもつ、特有の精神性を感じざるを得なかった。

粟島漂流郵便局の局長である中田勝久さんは、元粟島郵便局第十代目の局長だった。中田さんが活躍した1950から1990年代の粟島は海運業で栄え、多くの島民は船乗りとして長く航海へ出ていた。遠く国外の海域まで向う船上の「お父さんたち」と連絡をとるため、粟島郵便局にある電話交換室の電報をはじめとするさまざまな設備は、とても重要な役割を担っていたそうだ。

中田局長は45年間この粟島郵便局に勤めたあと、1998年に退職された。今回英国漂流郵便局の局長を引き受けていただいたブライアンペイン局長も、GPO(The General Post Office UK/イギリスの郵便局)で1964年から1995年のあいだ、31年間にわたり電話のエンジニアとして働かれていた。

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1871年に前島密によって押し進められた日本の郵便制度は、イギリスのローランドヒルが作りあげた郵便制度を輸入したもの。明治維新の最中、「学校」「鉄道」「郵便」は、ひとの身体でいうところの「頭脳」「血管」「血流」にたとえられるほどで、日本の近代化において、イギリスからの郵便制度の導入はとても重要な役割を果たした。

まさに土地の血流となって働かれたふたりが、ほぼ同時代におなじローランドヒルの郵便制度のなか、まったくことなる場所と文化で、どのような世界を見てきたのだろうか。そして英国漂流郵便局で、そのふたりを、そして私たちのたくさんの記憶たちを出会わせることによって、なにが見えてくるのだろうか。

Page02. なぜひとは返事のない手紙を書くのか?

アーティスト・久保田沙耶がロンドンで見たもの、感じたもの

第4回「返事はいらない」(2)

なぜひとは返事のない手紙を書くのか?

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今回の秋開局では、粟島で何度も演奏をされてきた音楽家、表現(Hyogen)によるコンサートをおこなった。粟島は、地形の関係で波が穏やかなため波の音もほとんどなく、吸い込まれるように静かで音が引き立つ島だ。またこの波の穏やかさが粟島の郵便や海運業の歴史をかたどり、島の運命を決めたことも驚きである。表現(Hyogen)による漂流郵便局でのコンサートは、開局時と今回で2回目になる。ここ2年間のお互いの変化が交差し、ときに重なり合いながら、ひとつひとつの音が郵便局の空間を確かめているように響く、すばらしい演奏だった。

粟島漂流郵便局でお預かりしているお手紙は、先週1万通を超えた。

私の想像をはるかに超えるたくさんの手紙が漂流郵便局に届いているいま、ふと不思議におもうことがある。

漂流郵便局宛に出した手紙には、ほぼ返事の見込みはない。そしてまさに「ボトルメール」は返事のない不毛な手紙の典型である。書いても海に流してしまうのだから、返事は到底期待できない。それでもなぜひとは返事のない手紙を書くのか、そしてその魅力は一体なんなのだろうか。

「ボトルメール」から連想されるのは、物語でよく見られる瓶詰めの手紙や宝の地図を海辺で拾い上げるシーンだ。幼いころからこのシーンはとても魅力的で、憧れのシチュエーションだった。大海原を漂ってきただれのものでもあり、だれのものでもない秘密。海水に揉まれ、すり減って丸くなったガラス瓶から手紙を取り出し、いつかのどこかのだれかが描いた、自分の知らないまなざしをなぞって重ねる時間は、きっと特別な体験になるだろう。

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残念ながら私は実際にボトルメールを拾いあげたことはないが、そんな特別なまなざしの重なりを感じたことがある。それは谷川俊太郎さんの詩、「二十億光年の孤独」を読んだときだった。 

太陽も、星空も、地球も、草花も、鉱物も、動物も、人間のことなんてとことんどうでもいい。そんな二十億光年の孤独のなかでも、ほかの星に友達を求め「向こう側も私たちとコミュニケーションを取りたいとおもっている」と信じ、語りつづけること。実際、人間は発生してから500万年ものあいだ語りかけることを一向に止めていない。

ただの夜空の光のレイアウトから、道具や動物をモチーフに星座をつくったり、神話をつくったりしつづけてきた。このいまだわかり得ないものたちと意思疎通を「図ろうとする」、それはおそらく人間の取り得るどんな行為よりも強い力があるとおもっている。

漂流郵便局を側で見守っていくにつれて、人間の文化はなにか目に見える対象とコミュニケーションを深く取り合うことだけで生まれるわけではないとおもうようになった。コミュニケーションの取れないものにたいしても、止まない試行錯誤を繰り返すことこそが、文化の発生原理なのではないかといま感じている。

漂流郵便局で垣間みることのできる人間のコミュニケーションにたいする尽きない欲求は、いつか私たちを所在不明の存在たちに出会わせてくれるだろうか?

<英国漂流郵便局手紙受付のお知らせ>

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漂流郵便局とは、現在アートプロジェクトとしておこなっている「届け先のわからない手紙」を受け付ける郵便局である。宇宙宛て、亡くなったひと宛て、風景宛て、ペット宛てなど、さまざまな宛先に寄せられた手紙たちを「漂流私書箱」に収めることで、いつか所在不明の存在に届くまで、手紙を漂わせてお預かりするというものだ。

過去、現在、未来、そして、もの、こと、ひと、何宛でも受けつけている。英国漂流郵便局では、さらに「何語でも受けつける」というあらたな差し出し方法を掲げて、2016年1月19日から2月22日までロンドンにて開局をすることとなっている。期間後、最終的には粟島に手紙が戻る。現在もエアメールにて手紙を受けつけているので、この機会に自分の身体の一部を旅させる気持ちでお手紙を出してみてはいかがでしょうか?

宛先住所:
Missing Post Office UK c/o
The Daiwa Anglo-Japanese Foundation
Daiwa Foundation Japan House
13/14 Cornwall Terrace (Outer Circle)
London NW1 4QP

※エアメールにて受付中。何語でも構いません。

「漂流郵便局」
http://missing-post-office.com

「英国漂流郵便局」
http://missing-post-office.com/missing-post-office-uk/

「表現(Hyogen)」
http://sound.jp/hyogen/index.html

「The British Postal Museum & Archive」
http://www.postalheritage.org.uk/

青野賢一 × 久保田沙耶 トークイベント「青の部屋」
日程|11月26日(木)
時間|19:00〜19:30
参加費|2500円(パイプレート、1ドリンク、お土産つき)
出演者|青野賢一(BEAMS)、久保田沙耶
会場|イズマイ
東京都千代田区東神田1-14-2 パレットビル1F
予約方法|mail@ismy.jpにお名前・予約人数・お電話番号をご記入のうえ、 件名を「青の部屋予約」としてメールをご送信ください。 こちらから返信させて頂き次第、予約完了となります。

問い合わせ先

イズマイ

Tel. 03-5823-4222

http://ismy.jp/news/1184/

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久保田沙耶|KUBOTA Saya
アーティスト。1987年、茨城県生まれ。幼少期を香港ですごす。筑波大学芸術専門学群卒業。現在、東京藝術大学大学院美術研究科 博士後期課程美術専攻油画研究領域在学中。日々の何気ない光景や人との出会いによって生まれる記憶と言葉、それらを組み合わせることで生まれるあたらしいイメージやかたちを作品の重要な要素としている。焦がしたトレーシングペーパーを何層も重ね合わせた平面作品や、遺物と装飾品を接合させた立体作品、さらには独自の装置を用いたインスタレーションなど、数種類のメディアを使い分け、ときに掛け合わせることで制作をつづける。プロジェクト「漂流郵便局」(瀬戸内国際芸術祭2013)など、グループ展多数参加。
http://sayakubota.com

           
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