信國太志×中野香織 明治大学 白熱ファッション講座
FASHION / NEWS
2015年6月8日

信國太志×中野香織 明治大学 白熱ファッション講座

信國太志×中野香織

明治大学 白熱ファッション講座

“It’s not about what to wear but who wears it.”

ファッションとはなにか? 哲学的とも思える大きな問いです。銀座にアトリエ「ザ・クラフティヴィズム」をオープンし、「テイラー」として本格的に始動した信國太志さんを明治大学へお招きし、豊富な経験に基づく貴重なエピソードの数かずをうかがいながら、ファッションとはなにか、「かっこいい」とはどういうことか、クリエイティビティの秘訣はなにか、これからのデザインの現場に必要なことはなんなのか、などなどを考えていきました。そのハイライトをお届けします。ファッションをめぐるさまざまな問題を考えるための、有益なヒントに満ちているはずです。

Text by NAKANO KaoriPhotographs by JAMANDFIX

I.セント・マーチン美術学校での教育「ファッションは人間性に尽きる」

中野香織(以下中野) (学生に)信國さんはロンドンのセント・マーチン美術学校の修士課程を修了していらっしゃいます。正式名称は、The London Institute Central Saint Martin’s College of Art and Designといって、有名デザイナーを輩出することで有名な学校です。卒業生には、アレキサンダー・マックイーン、ジョン・ガリアーノ、ステラ・マッカートニー、リカルド・ティッシ、キャサリン・ハムネット、ニール・バレット……きりがありません。(信國氏に)モード界の第一線で活躍する人材を輩出している学校で学ばれたわけですけれど、いったいどうしてその学校へ行こうとおもわれたのですか?

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信國太志(以下信國) そもそも僕は高校を自主的にドロップアウトしていて、アメリカでストリートウエアの仕事をやっているうちに、ちゃんと勉強したいなというおもいが湧いてきて。セント・マーチンズの卒業生の名前を見て、いろんな知識や学問、技術が身につくんだろうなという気持ちで行きました。

中野 具体的に、そこはどのようなファッション教育をしているんでしょう?

信國 修士課程には特別な授業があるわけではないんですね。年間2つか3つの課題が与えられるんです。たとえば、「3カ月以内に40体のコレクションをデザインしなさい」みたいな。その合間にアレキサンダー・マックィーンとか、ジョン・ガリアーノだとか、マルコム・マクラーレンだとか、錚々たる先輩方が講義にくるわけです。それで彼らが話していくのが、どう生きていくのかという生き方の話。まあ、人生の講義ですね。

中野 デザインの方法とかパターンのつくり方とか、そんな授業はない?

信國 ええ。忘れもしないのが修士課程の初日です。当時もいまも有名なルイーズ・ウィルソンというディレクターがいましてですね、彼女はマツコ・デラックスみたいな体型で、服はヨウジヤマモトばかりを着ているような女性なんですが……彼女が教室に入ってきて、禁煙の校舎内でタバコに火をつけて、1枚のプリントを配って話しはじめたんです。

中野 なにが書いてあったんですか?

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信國 ファッションとは、とふた言ぐらいで書いてあるんです。まず、ファッションとは、やわらかいものと堅いものなど、相反するもののミックスであるということ。そしてもう一つは、ファッションというのは、あなたが誰であるかということ、あなたが何者であるかの表明であるということ。このふたつを頭に入れて、ここでの課題に取り組みなさい、と。

中野 えらく抽象的ですね。

信國 さらに、三つ目があります。ファッションはまったくの主観なものであるということが書いてあります。「この学校は数名のディレクターによって運営されています、主観的なファッションという課題において、不適格者とみなされる人には、いついかなる理由において放校処分になっても、法的に訴える権利を自分は放棄します」と書いてあって、その下が空欄になっている。そこにサインをさせられるわけです。

中野 放校処分ですか……厳しいですね。実際にやめる人はいるんですか?

信國 一年から二年に進級する過程で、半数がやめていきました。自主的にやめたり、やめさせられたり。

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中野 やめさせられるのは、どういう人ですか?

信國 韓国人のすごく知的な人がいて。遅刻したことはないし、全回出席というまじめな人でした。ル・コルビジェの建築物をよく研究していて、そこからネクタイの図案のアイディアなんかを得ていました。そんな模範的な学生でも、彼は放校になりました。理由は、「ダサい」から。誰がこのコルビジェのプリントのネクタイをするのか、と。

中野 キツイ……。

信國 僕もじつは一度、落とされたんです。ただ、いったん落とされた人も復活できるチャンスは与えられるんです。どんなものでもいいから、どんな形でもいいから、期限までに作品を作って、アピールできれば復活できる。ひとつ上の学年のアレキサンダー・マックィーンも落とされました。ルイーズいわく、リー(マックイーンの愛称)もどうしようもない学生だったけど復活した。あなたも復活できるかも、と。

中野 どうやって復活したんですか?

信國 僕はそもそも、絵が得意ではなかったんです。むしろ立体が得意だったので、自分が思うコレクションを、絵ではなく、ある程度、立体裁断的に作って持って行ったんです。そうしたらむしろほめられ、それで復活できた次第です。

中野 そうやって生き残ったデザイナーが、あの卒業生リストというわけですね。でもなんで放校にする必要があるのでしょう。ダサい人は卒業生として世に出したくない?

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II. クリエイティビティとは? 「気づく」力は、共感力

信國 イギリスのなかでもファッションの大学院はロイヤル・アカデミー・オブ・アートとセント・マーチンのみで、その2校間の競合ということはあるかもしれませんね。とにかく、学校の沽券がすべてで、そのために生徒がある、という感じです。

中野 人種による差別や待遇の違いなどは感じましたか?

信國 いえ、それは全然なかったです。ただ、ゲイじゃないのは僕一人だったので、逆差別みたいのはあったかな(笑)。ゲイじゃないので遊んでくれないってことはあっても、みんな優しかったですよ。

中野 海外のファッション業界ってほんとにゲイばっかりですねえ。日本の業界にゲイが少ないのは、むしろ特殊な感じ。

信國 ひどい学校みたいな言い方しちゃったんですけど、そうではなくて。ルイーズはほんとうに優秀な人で、ファッションにとって大事なことを教わりました。じゃあなにがかっこいいかのか?ということです。今日のテーマともかかわってくるんですけど、「ファッションとはあなたが何者であるか」というそのひと言に尽きるということを学びました。セント・マーチンズでは、デザイン画を見せても、この襟がなんだとか、縫製がどう、生地がどうか、とかいっさい言われないんです。

中野 細部ではなく、もっと本質的な表現ということ?

信國 ファッションは人である、その人自身である、ということです。デザインする人が自分自身をどれだけ愛しているか。自分の意識をどうもっているか。作品を、自己を投影するモデルに着せることで自分自身を表現して、そこにシンパシーを覚える人が買っていく。だから、ファッションとは人間性に尽きる、ということです。

中野 ファッションが究極は「人」に行きつく問題、というのはわかりました。でも現実問題としてデザイナーはなにかを創造しなくてはいけませんよね。その方法というか、プロセスは、どうするんですか?

信國 イギリスって図書館がある文化なので、なんでもリサーチするんです。リサーチは、あらゆるジャンルにおける創造法ですね。セント・マーチンズでも、デザインする前にリサーチを問われる。どれだけの物事を調べて、どれだけの資料を集めてきたか。どんなものを見てきたか。町に落ちているものでもいい。なににインスパイアされたのかということをまず見せて、そのうえでディスカッションし、デザインしました。で、なにも持っていかないと、「あなたは天才なんですか?」なんて聞かれます。

中野 クリエイティビティっていうと、なんにもないところからポンと出すこと、と誤解されがちなのですけど、そうじゃないのですね。レファレンスをたくさんもっていて、そこからオリジナルをどう発見するのかが、勝負なんですよね。アカデミズムの世界でも、論文はまず後ろの参考文献が問われます。これを書くためにどれだけのものを参照したのか、と。デザイナーは違うのかなといままで思っていたんですが、デザイナーの世界もおなじなのですね。どれだけ「気づく」力があるか? という話になる。

信國 「気づく」というのは、人になにかを見出したりすることなんですけど、それはすでに自分のなかにあるものなんです。気づく力は共感力です。人のことを自分と同じように思える力というか、そこにおいて「この人は美しいな」と思える力、それが気づく力ですね。

中野 同じものを目にしていても「見えてない」人と「はっきりと見える」人がいますものね。気づく力がある人は、すでにあるものから、なにかを見ることができる。

信國 僕が尊敬している先輩のひとりに、アリスタ・マッキーというスタイリストがいて。彼の卒業コレクションは、隣の隣に住んでた、ヘビメタ好きの女の子がレファレンスなんですよ。その女の子は、好きなバンドの名を革ジャンに修正液で落書きしたりしていて、アリスタはそこからインスパイアされて卒業コレクションを作りました。

中野 本や写真じゃなくても、身のまわりにあるものや人でもレファレンスになりうる。

信國 アリスタ・マッキーって、学生時代からすごい人だ、この人は大物になると思っていたら、やはりそうなりました。『ヴォーグオム日本版』、日本ではじめての男性版ヴォーグだったんですけど、これも彼がディレクションしましたね。これが彼の作品です(と写真を紹介)。服を着ていない少年の写真もあります。服を着ていなくても、ファッションなんです。やっぱり彼がこの少年に持つ共感。そういうことだとおもうんですよ。

中野 そんなこんなのセント・マーチンズの話を聞いていると、共感をもてる対象に気づくことは大事だけど、ファッションをきっちり勉強することは意味がない、というふうに聞こえるんですけど?

信國 外から学ぶものは、結局、後付けでしかないですから。ファッションと仏教は似ているところがあって、なにかを学ぼうとしても学びようがないんです。私自身が何者なのかに行きつけるかという問題なので。

中野 信國さんは仏教徒でもありましたね。そのアナロジーは面白い。

信國 セント・マーチンズでのハラスメントのような厳しい指導を通じて、僕は自分の殻をどんどん剥ぎ取られていきました。なんで剥ぎ取らなきゃいけないかというと、自分ではヒップな人間、ドロップアウトした人間のつもりだったにもかかわらず、ロンドンで感じたことは、どれだけ自分が日本の教育システムによってつくりこまれていたのかということ。自分がいかに真面目な人間なのか、ということだった。

中野 教育システムで作りこまれるって、具体的に、どういうことですか?

信國 美術教育でいえば、イギリスの場合、基礎コースがあります。そこではまず、粘土や折り紙、お絵かきをするなかで、平面か立体か、立体のなかでもファッションか、建築か、陶芸か、というふうにじっくりと自然に方向をみつけていく。そうやっていく過程で純粋にファッションに行きついた人が、ファッションの現場にいるわけです。そんな人には、僕みたいな「枠組み教育」やメディア情報が詰まった状態の人間は、かなわないなと思ったんです。

中野 だからその情報を、剥ぎ取ろう、と。

信國 日本のファッションスクールに行って、スタイリスト科に行ってスタイリストになれるのかというと、はなはだ大きな疑問を感じます。

中野 どちらかといえば、まったくちがう業界から入ってきた人のほうが、活躍していらっしゃったりしますね。

信國 ちがうところから入ってきた人といえば、山本康一郎さんという有名なスタイリストがいます。学生のころから遊んでいて、東京のあらゆる店を知り尽くしていることでスタイリストになったような方なんですけど。山本さんは、ダメだしするときには「それはスタイリストっぽくてダメだろう」ってことを言います。「スタイリストがスタイリングしているみたいじゃないかよ」と。禅問答のようなんですけど(笑)。スタイリストは、あたかも仕事をしてないように見せる。それが一流のスタイリストなんです。

中野 そのレベルはそうとう、高いですね。

信國 技術のレベルというよりも、人へのシンパシーですね。あたかもその人が「着せられている」ように見えちゃいけないっていう。

中野 スタイリストというのは、デザイナーと同等かそれ以上に影響をもつこともありますけれど、信國さんが影響を受けたスタイリストはほかにもいらっしゃいますか?

信國 レイ・ペトリがいますね。バッファローというスタイリスト集団を率いて80年代のイギリスのカルチャーシーンに影響を与えた人です。ファッション業界の外にいた人たちが徒党を組んで殴り込みをかけてきたようなところがあったんですが。ベラスケスの絵画にインスピレーションを得ながら、道端にいる名もないけど美しい人たちを、美しく見せたんです。アウトサイダーへの共感が強かったんです。撮影する前には香水をつけてあげた。それくらいの愛情が強かった。アルマーニの広告ディレクションまで決まっていたのですが、エイズでなくなりました。晩年、ゴルチエは彼に特別な席をつくって、彼にコレクションを見せてあげた。そのくらい尊敬されていました。この写真を見てください。

中野 ダブレットとホウズという16世紀の貴族風スタイルに、足元がスニーカー……。上着はよく見るとダブレットではなくて、ボマージャケットですか。

信國 レイ・ペトリへのトリビュートで、盟友バリー・ケイマンがスタイリングしたシュートなんですけれど。ここには、バリー・ケイマンの共感がある。被写体に対する感謝と共感があるんです。僕には、バリーの被写体へのささやきが聞こえるような気がするんです。「君は重い足かせとともに生まれこの路上を悲しみとともにさまよっているけど、君のハートの輝きが悲しみの向こうで輝くままに僕が君に王様の衣装を着せてあげよう。そう、君は王様、路上のキング。ボマージャケットを中世の貴族のように、その大きな襟は誇らしげで、足元のプーマで鉄の馬の尻を蹴って君は駆け抜けていく。君は王様。ストリートのキング。その大きな襟は誇らしげで、だから涙をふいて胸を張るんだ。ベラスケスの絵画のように誇り高く」

中野 ポエトリーですね……。そこまで熱く対象に「入りこむ」ということ、それが「共感」なのですね。

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III. デザイナーは不特定多数の人に手紙を書き、テイラーは特定の一人に手紙を書く

中野 信國さんは、デザイナーとしての豊富な経験を経て、テイラーへ転身なさろうとしているのですけれど、両者のちがいはなんですか?

信國 既製服のデザイナーの仕事は、不特定多数の人に対して手紙を書くことに似ています。それに対して、テイラーの仕事は、特定の一人に対して手紙を書くことですね。

中野 わかりやすい喩えですね。なぜ、テイラーになろうと?

信國 僕が影響を受けたイギリス人にジョン・ピアースというおじさんがいて。彼はグラニーテイクスアトリップという先鋭的なお店をやっていたんですが、サヴィルロウで職人教育を受けているんですよ。ある日、彼のブティックに入ったら、とてもフランクな接し方をしてくれて、自分が「英国のスーツ」に思い描いていたイメージと全然ちがうんです。お客さんにもストーンズのメンバーのチャーリー・ワッツなんかがいたりしてね。堅苦しさが全然なくて、ああ、「不良のためのスーツ」というのもありなんだなあ、テイラーとしてもそういうスーツをつくれるんだなと思った経験があって。

中野 不良のためのスーツ! たしかに、日本だとお仕立てスーツの世界って政治家やビジネスマンの「お仕立券」のイメージが強いかもしれませんね。不良のためのスーツを仕立てる、とうたったテイラーはこれまであまりいなかったのでは。

信國 そうかもしれません。ともかくそれで、また勉強したいなあと思ったときに、佐々木康雄さんに出会ったんです。最初は門前払いだったんですけど、電話番号だけおいていって。1カ月ぐらいたって電話をいただいて、ゴハン食べに行きました。彼が言うには、テイラーっていうのはその人の上下10歳ぐらいがお客さんになる。彼は70歳ぐらいなので、上はいなくなっていくし、なにかおもしろいことをしたい、と。僕になにを求めてるの、と聞かれたので、「もう一回いろんな技術を全部みせてほしい」と言ったんです。

中野 技術の高さは日本一、との評判も聞きますが、顧客リストも圧巻ですね。

信國 昭和的なんですけど、長嶋茂雄とか、布施明とか、五木ひろし……。ウェブで名前を検索しても、佐々木康雄の名前はまったく表に出てこないんですけど、「その世界の一番の人」が彼のところでスーツを作ってます。彼が言うには、もっとも神経質でお洒落だった人は、いかりや長介さんだったと。アンタッチャブルな世界の人もいました。それから高倉健も顧客でした。

中野 佐々木さんが、一流の方がたに好かれる理由はなんでしょう?

信國 「友達が多いか、君は?」と聞かれました。テイラーは人間力なんだよ、と。「君は背が高いからさあ、いいよね、ダメだよちんちくりんのテイラーは」、なんていうような話をするおもしろいおじさんでした。

中野 お仕立ての、ビスポーク(bespoke)の世界ってそれこそ「話をしながら」作るわけだから、テイラーに人間的な魅力があると、それにふさわしい客もついていくんでしょうね。

信國 いま、モノがどこでつくられているかわからない時代ですよね。でも、佐々木さんのところでは、モノをつくっている現場の、言葉にならないあたたかみを感じたのです。それを残して、次世代へ伝えていきたいと思ったんです。

中野 30年ぐらい前にはまだ、徒弟制度、奉公制度がありましたよね。でも、いまはそれが許されない時代です。このままあと何年かしたら、仕立ての世界に職人がいなくなります。日本ばかりじゃなくてヨーロッパでもそうだと聞きますが。そういう危機的な状況のなかで、ちゃんと服を仕立てる技術をメインにして、伝えていこうと決心されたことは、とても意義が大きいと思います。

信國 自分で学校をつくるとか、意識的にやっていかないと、仕立ての技術は存続していかないですね。コアなファッションの世界とはちがう、職能の世界ですけれど。

中野 信國さんは、とんがったクリエイティブな世界と地道な職能の世界という、両極端の世界を見ていらして、今日はその両方の世界のことを伺うことができました。それぞれの世界に必要なことって、なんですか?

信國 クリエイティブなことを学校で学ぶのは役に立たないですね。クリエイティブな世界でやっていこうと思う人は、学校も何もかもやめて、仕事をしている人の現場の近くに行ってみたほうがいいです。ただ、クリエイティブな世界ほど徒弟制度があるのがフシギですね(笑)。職人に近いです。スタイリストなんて、アシスタントが何人かいて、師匠の背中を見ながら働くっていう。

中野 落語とか、漫画とかも。

信國 職能で食っていくんだったら、かけはぎ屋さんとかになったほうがいいと思う。穴が開いたセーターを元に戻すとか。需要は絶えないし、確固として生きていく技術だなあと感じたので。そういう地に足がついた仕事を見つめたらいいのではないかと思います。

学生からの質問1 膨大なレファレンスや身のまわりの事柄のなかから「気づく力」が重要とおっしゃっていましたが、今後、クリエイティブに結びつくような「気づく力」を養うためには、日ごろの生活でどのような意識を持てばいいでしょうか?

信國 物事を素直に感じることですね。アリゾナのインディアンに、ある儀式を受けたことがあるんですけど、そのときインディアンが話したのは、こんなことでした。「白人は、バッファローを見るとバッファローだというが、じつは見ていない。概念的にとらえていて、まごころで見ていない」。概念ではなく、心の目でありのままに見るのが大切だということですね。ファッションは共感です。既成の概念に曇らされず、心の目で見る訓練をしましょう。

学生からの質問2 信國さんにとって、デザインとは何ですか?

信國 ファッションにかんしては「私」という意識ですね。その意識を投影した他者。その他者を想像したうえでの、アイデンティティの表現……。ファッションにかかわらず、デザイン全般にかんして言えることは、元ネタを出発点にして、足すのか引くのか、あるいは、かけるのか?ということ。元ネタがないことには、なにも表現できないのです。ロンドンにいたとき、ヴィヴィアン・ウェストウッドの息子とアパートをシェアしていました。それで、ヴィヴィアンとよく話す機会があって。彼女はよく、「私はコピアー(いろんなものをコピーする人)だ」と言ってました。引用と加工。デザインとはなにかといえば、それに尽きます。

学生からの質問3 クリエイティビティは、見聞きしたものから生まれるとおっしゃいました。ゼロから1ではない、と。では、1から10を生むのがクリエイティビティであるとすれば、その10を100とか、あるいは1000にするには、どんなことが必要でしょう?

信國 予期せぬ出会い、コントラストによって、あまり人がイメージしないものをつくることかな。「こわい」と「かわいい」をかけあわせて、「こわかわいい」とかもその例。

学生からの質問4 ストリートカルチャーに興味があるんですけれど、日本のストリートカルチャーと、信國さんが留学していらしたころのイギリスのストリートカルチャーでは、どのようなちがいがありますか?

信國 イギリスはいろんな意味で「表現」としてお店をやる人が多かったですね……。いまのストリートカルチャーは、どこであれ、ほぼ終わりと思った方がいいです。とくに、アメリカナイズされたストリート文化は、内容がないです。雰囲気、ムード、ブランディングで成り立っている。なにも感じるものはありません。これからは成熟したもの、愛情があるもので、いいものしか残っていかないと思う。ストリートカルチャーには引っ張られない方がいい。

中野 もっとずっとお話を聞いていたいのですけれど、時間が迫ってまいりました。最後にひと言、これから進路を考えなくてはいけない学生たちに、ご助言をお願いします。

信國 若いっていろんな可能性があってうらやましい反面、選択肢が多すぎてわからなくなることも多いですよね。興味のあることに対してとにかく一心に邁進してほしいと思う。職業にかんして言えば、もっと地に足の着いたこと、人間にとって根源的に必要なことを選べばいいと思う。大工さんのように、人にとって必要なものを、確かな技術で作る仕事。確実に手ごたえを感じられるなにか。そういう「人にとって根源的に必要な仕事」に「気づく」ように、日々、心の目を磨いて過ごしてください。

中野 今日は、ファッションの本質、クリエイティブの秘密に迫る話から、私たちはどういう態度で世界と接するべきなのかを考えさせられるような、深いお話まで聞くことができて、ひたひたと感動を覚えております。本当にありがとうございました。

信國太志|NOBUKUNI Taishi
1970年熊本県生まれ。1996年、ファッションの名門セントマーティン美術学校、修士課程(メンズウエア)修了。98年、「TAISHI NOBUKUNI」を立ち上げ。2005年、毎日ファッション大賞新人賞受賞。07年、新ライン「BOTANIKA」をスタート。2011年には、テイラーサロン『THE CRAFTIVISM taishi nobukuni』をスタートし、テイラーとしての活動を積極的におこなっている。

中野香織|NAKANO Kaori
明治大学国際日本学部特任教授。「ファッション文化史」「モードの神話学」の講座を担当。
また、エッセイスト・服飾史家として、過去2000年のファッション史から最新モード事情まで幅広い視野から研究、執筆、レクチャーをおこなっている。
著書『モードとエロスと資本』(集英社新書)、『ダンディズムの系譜 男が憧れた男たち』(新潮選書)、『愛されるモード』(中央公論新社)ほか多数。

           
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