特集|OPENERS的ニッポンの若手建築家 PARTII  Vol.4 南後由和インタビュー

特集|OPENERS的ニッポンの若手建築家 PARTII  Vol.4  南後由和インタビュー

OPENERS的ニッポンの若手建築家

Vol.4 南後由和インタビュー(2)

いま必要とされる建築家像をめぐって

ウェブ世代の“第二の自然”という自然

──いままでのお話をうかがって、下町は地域としてのコミュニティが密接で隣近所の関係も密というステレオタイプなイメージがあります。かたや郊外のニュータウンはそういったものが希薄、というイメージがいまも根強くあるということが不思議に思いました。

下町には同世代の関係があると同時に、年功序列的な縦社会の繋がりもあり、それがある世代にとっては重荷になったりするのですが、ニュータウンにはその縦の繋がりが希薄に見えるのがとてもうらやましかったです。

さきほど南後さんがニュータウンでの暮らしを同世代がたくさんいて、コミュニティもあると語っていたように、僕も郊外に対してそれに近いイメージをもっていました。僕にとってニュータウンは90年代のスケーターやグラフィティカルチャーを中心にした、あたらしいカルチャーがどんどん生まれる場所というイメージです。

たしかに浅草などに比べると、ニュータウンには遊歩道、公園、広場のベンチ、手すり、階段、坂とか、スケートボーディングに適した場所はたくさんありますよね。といっても、スケートボーダーはどんな地域であろうとも、場所を発見したり、読み換えていく能力に秀でているので郊外との結びつきが必ずしも強いとはいえないような気がします。

──スケーターなどは都市を身体的に拡張していくというイメージがあるのですが、あたらしいカルチャーという点では90年代には、郊外をテーマにしたホンマタカシさんの写真が話題になったり、岡崎京子さんの漫画があったりと、郊外というのは、そこを知っているひとにとっては、あたらしいものが生まれてくる背景だったのかなと思っています。

そうですね。ニュータウンの周辺はいまも田舎というか農村なんです。農村を切り拓いた台地の上に造成されているので、ニュータウンには、「◯◯台」という地名が多い。街は斜面とか谷のもともとの地形の起伏に沿ってできているのですが、隣の台から隣の台まで移動するあいだには、山とか畑などが存在しています。

──そうなんですね。

僕にとってのニュータウンの生活空間としての広がりは、自然と人工の領域を横断したものとしてあります。雑木林や畑も、建売の住宅ばかりが立ちならぶ街並みも、僕にとってはどちらも“自然”だという感覚があったのです。

手つかずの自然を第一の自然とするならば、僕たちを取りまく環境は、人工物などの“第二の自然”だらけです。もはや、インターネットの環境も僕たちにとっての自然といえますよね。また、肯定も否定もせず、自然なものとして人工的なニュータウンの空間を領有していく感覚は、ホンマさんの作品にみられるニュータウンを舞台にした写真のリアリティともつながっているのかなと思います。

──個人的にも大阪に行って、郊外行きの電車に乗ることがあるのですが、斜面を切り崩して街ができているから、線路に向かって街全体が迫ってくるようにほぼ全体が見わたせますね。それが風景として独特だなあと思いました。

しかもそれぞれに心理地理学的な濃淡があって、繁華街がある駅前に近い小中学校のほうが不良が多いとか、おなじニュータウンでも地区ごとに特色があります。

──おなじニュータウンのなかにも心理的ヒエラルキーがあると?

そうなんです。新興住宅地という意味ではフラットかもしれませんが、たとえば駅からの距離によって学校の雰囲気がちがったり、戸建て住宅と団地のあいだの序列があったり、ひとがあまり近づかないひんやりした裏山があったり、心理地理学的にはぜんぜんフラットではないんです。

建築家|南後由和 06

Photo by Takashi Kato

建築家|南後由和 07

「大阪近郊」Photo by Takashi Kato

匿名性と有名性をめぐって

──そういった意味では郊外と区別するものとして、都市を都市たらしめているものとはなんだと思いますか。

都市社会学的にいえば、密度の高さ、資本の集積度の高さ、ひとやモノや情報の流動性が高いこと、お互いに異質な他者同士がコミュニケーションをしている場であること、などが挙げられます。郊外やニュータウンの場合は、ゆるやかな相互監視という、近所のひとたちに見られている環境があって、良くも悪くもしがらみが多いですよね。都市ではそのしがらみから解放される。一言でいうと「自由」。ですが、匿名的であるがゆえの危険や犯罪も多い。その両義性があることが都市の条件のひとつだと思います。そうはいうものの、都市と郊外の境界はなくなりつつあるとも思うんですよね。

──それは現在に顕著なことという意味ですか?

そうですね。たとえば東京でいえば、渋谷にヤマダ電機や洋服の青山ができたり、六本木ヒルズでさえ、オープン当初から郊外的な雰囲気を感じました。他方で、渋谷的なるものが、たとえば千葉県柏市の駅前にでき、渋谷まで行かなくても、まったりとした郊外で、それまで都市的とされていた消費空間を享受することができる。90年代以降、インターネットやケータイが普及したことによって、どんどんその境界が失効しつつあると思います。

──それは比較的、都市に近い環境である浅草に住んでいた僕にとっても実感としてあります。90年代以前は、浅草にはファミレスはできないといわれていたのに、90年代後半あたりから進出してきました。逆に都会の象徴でもあったスターバックスコーヒーが、ゼロ年代後半には当たり前に郊外にできたりとか、マーケット的な視点からみても、都市的、非都市的なるものが混ざり合っている感覚はあります。東京くらい巨大な都市だと、富士山の裾野にむかって都市が浸食していくイメージがあって、隣接するエリアまでふくめて都市ともいえて、東京とそれ以外の街との境界が見えにくいのは事実ですね。もはや都市と郊外という文脈では、語れないものができつつあることを実感します。

都市もふくめて、匿名的なものについてのお話になってきたところで、最近の南後さんの活動のひとつとして、同世代の建築家とのかかわりのなかからの都市への言及があると思います。匿名性の高い都市と、有名性として建築家。社会学者にとって建築家という存在はどのようなものとしてあるのでしょうか?

最初に研究対象としたのは、いわゆる建物を設計した建築家ではない、60年代のシチュアシオニスト(※1)のメンバーであるオランダ人のコンスタント・ニーヴェンホイスでした。それまで支配的であった建築のつくり手からの視点ではなく、使い手の視点から都市や建築に関与していく動きが60年代のカウンターカルチャーから出てきました。コンスタントにとっては、「建築家の解体」というか、建築家は解体すべき存在としてあったんです。

空間にかんしては、哲学者でいえば、デカルトやカントらが空間について論じたり、数学者や物理学者も空間について論じてきましたよね。社会学者も概念としての空間については興味を示してきましたが、物理的な空間や個別の建築作品に対しては関心をもたなすぎたというか、これまでほとんど読み解こうとしてきませんでした。

──個別の建築への興味や、なぜ?といった視点をもつことから、これまで扱われてこなかった領域へ踏み込むことになったのですね。さきほどの南後さんのお話ではないのですが、身近な暮らしのなかに第二の自然ともいえるくらい、これだけ多くの建物があるのに、個別な建物については分析があまりなされてこなかったというのは不思議ですね。

(※1)近代における画一的な都市計画の理論的/実践的のりこえを目的として、芸術と社会の融合をめざした活動