あたらしい時代づくりに取り組むひとと企業──シムドライブ編
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2015年3月13日

あたらしい時代づくりに取り組むひとと企業──シムドライブ編

あたらしい時代づくりに取り組むひとと企業――シムドライブ編

EVの普及は将来の豊かな生活につながる(1)

シムドライブ社は、わが国におけるEVの先駆けともいえる慶應義塾大学の清水浩教授が、ベネッセコーポレーションの後押しを受けて設立した。さきごろ、SIM-LEIなるEVを発表して話題を呼んでいる。

文=小川フミオ写真=JAMANDFIX

未来設計の重要なキーを担う自動車

未来を設計する、なる言い方がある。そのさい、もっとも重要なキーのひとつがクルマだ。化石燃料で走るクルマに代わり、EVが近未来社会で、大切な役割を担うとも言われる。

EV開発のベンチャー企業も出てきている。なかでももっとも現実に近いところにいるのがシムドライブだ。EVの世界でこのひとあり、といわれる慶應義塾大学環境情報学部の清水浩教授が社長を務める。かわさき新産業創造センター内にある清水浩教授の研究室を訪れ、インタビューをつうじて、EVの可能性を聞いた。

性能の向上は効率のよいエネルギーマネージメントから生まれる

――EVを長く研究なさっておいでですが、原発事故を経て、環境的な変化がありましたか。

30年前にEVの研究をはじめたときから、発想的に大きく変わっているものはありません。ただ、当初は電池の性能がよくなることがEV進化のキーだと思っていましたが、効率的にエネルギーを使う設計にすれば、性能の高いクルマができるとわかりました。たとえば転がり抵抗の少ないタイヤを装着するとか。電気モーターや変圧器であるインバーターから生まれるロスを減らすとか。もうひとつ大きく変わったのは、EVにたいする社会の認知度が上がったことでしょうね。へんなことやっている、と言われなくなりました(笑)。

――2011年はEVにとって大きなターニングポイントとなるでしょうか。

化石燃料をエネルギーとして構築された社会がずっと右肩上がりの成長をつづけると思われていたのは1960年代までです。1972年に民間のシンクタンク、ローマクラブが、人口増加や環境汚染の傾向がつづけば地球上の成長は限界に達する、と警鐘を鳴らしました。さらに1974年と79年に原油価格値上げにともなうエネルギー危機、また、1988年にアメリカ上院の公聴会で、異常気象や暑い気象が地球温暖化と関係しているという報告が出たことなどで、代替エネルギーによる環境対応策の検討が急務となってきたわけです。

EVには多額の開発費が必要ですが、資金援助をしてくれる企業が増えたのも、こういう背景が追い風になりました。でも、本当にEVが一般化するのは、もう少し時間がかかるでしょう。日産リーフ三菱 i-MiEVがありますが、一般のひとが心から「これ欲しい!」と思うクルマが出て来てこそ、真のEV時代到来といえると思っています。

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EVの普及は将来の豊かな生活につながる(2)

太陽光とEVのコンビネーションを基盤とする持続可能性の高い社会

――同時にEVは、スマートハウスやスマートグリッドのような社会インフラの構築を視野に入れなくてはならないと思いますが。

それは私個人、あるいはわが社の規模をはるかに超えた大きな枠組みの話です。さらに、リチウムイオンにかわるバッテリーはどういうものになるのかも、私の立場では明言できません。はるかに大きなところで、EVとそれを支える技術は変わっていくでしょう。充電型EVのつぎにくるのは、水素を解質して電気を作る燃料電池車だという向きもありますが、白金イリジウムがマストだったりと部品コストが高かったり、街中に水素ステーションを作るのもリスクマネージメントをふくめて莫大なインフラ投資がかかりそうだし、普及しないのではないでしょうか。

――EVとは少し離れますが、近未来の日本のエネルギーインフラはいかなるものを思い描いていますか?

太陽光発電です。風力、火力、地熱など、原発や化石燃料に変わるエネルギー源についていろいろとりざたされています。それらを適度にミックスすればいい、という意見もあります。しかし技術者の知見を言わせていただくと、技術というのは同時発生的に選択肢が多くても、ある程度時間が経過すると、ひとつに集約されるものなのです。太陽光発電はエネルギーの約10~15パーセントを電気に変える効率のようなので、おおざっぱに計算すると、日本だと国土の1パーセントを太陽光発電のために使えば、国民の必要とする電気をまかなえます。

地球の1.5パーセントの面積を太陽光発電のために使えば70億の人類が生活できるそうです。いま地球でゆたかな生活をしているひとは1割程度らしいですが、太陽光発電がうまくいけば全員が電気を使える豊かな生活ができるようになるのです。その基盤があって、EVを使う。それが持続可能性の高い社会のモデルだと思っています。

――2007年に8輪のEV「エリーカ」を製作し、2011年にはSIM-LEIを発表なさいました。EVの開発は順調に進んでいるとみていいでしょうか。

EVを作ること自体は、そんなにむずかしいことではないのです。電気モーター、バッテリー、そして変圧のためのインバーターで構成されているだけですから。ガソリンのような内燃機関を搭載した自動車を一般人が作るのは無理ですが、EVならある程度までできます。ただ開発費はかなりかかります。そのなかの大きな部分を占めているのが、設計や開発のための人件費です。

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エリーカ

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私が考えるEVの長所は、パワートレインとバッテリーの置き場に自由度が高いところです。たとえばモーターは車輪のなかに収めてしまえばいいし、床下にバッテリーを収めてしまえば、室内は広くなって、いわゆるパッケージ効率が上がります。欧州の自動車界による、大きさを定義するための概念を借りると、スモールカーといわれるBセグメントのコンパクトな車体でいながら、室内スペースはアッパーミディアムと称されるDセグメントなみを実現できます。そうなるとコストパフォーマンスが高くなります。それが商品力につながります。EVが高い商品性をもつためには、一回の充電で300kmぐらい走れること。さらに室内空間の広さ、加速性のよさ、乗り心地の快適さ、そういう要素が大事になるでしょう。

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EVの普及は将来の豊かな生活につながる(3)

フォード モデルTにならった清水教授の挑戦

――シムドライブ社のEVはその目標にかなり近いところにありますか?

かつて自動車の大量生産を可能にしたひとが、米国のヘンリー・フォードです。フォードが多くの米国人が乗れるようにと開発したクルマは、モデルTと名づけられていました。なぜ、「T」だかご存じですか? Aから作って、20台めだからアルファベットの順番でTなのです。それでようやく完成した。内燃機関を備えた自動車の黎明期にあたる、そのエピソードを、私は時どき思い出します。私のEVは、エリーカで8台め、SIM-LEIで12台目となります。フォードのひそみにならえば、あと8台作ると私のEVは完成するのではないかと思っています(笑)。それを目指してがんばっています。

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エリーカ

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先端的な産官学共同研究を目的に、慶應義塾大学と神奈川県川崎市との連携により、2000年春に開設されたK2(ケースクエア)キャンパス。その一角に、清水浩教授の研究室がある。ドアを開けると目にとびこんでくるのは、8輪のEV「エリーカ」だ。低く長く、個性のあるフロントマスクは、かなり強い存在感がある。それを見ていると、その「面がまえ」は清水浩教授がEVの未来にかける意思のあらわれではないかと思えてきた。

一方、2011年3月に発表、5月に実車がお披露目されたSIM-LEIは、さらにコンセプトが突き詰められ、車輪に駆動用小型モーターを組み込んだインホイールモーターをはじめ、34もの会社がそれぞれの技術をもち寄るかたちでまとめられた。実走行テストなどで得られたデータは、参加34社にフィードバックされる。

次期プロジェクトにはプジョー・シトロエンも参画を表明

このあと、SIM-LEIにつづくプロジェクトも発表されている。「コンバートEV」といい、内燃機関をもつクルマをEVに転換するシステムの研究が軸となる。それについては、プジョー・シトロエン・グループが参画を表明している。

このことからわかるように、EVとは、ひとつの完成されたクルマであり,同時にテクノロジーの実験場でもある。正しく技術を活用して実験に供することができれば、シムドライブ社のような企業は、大手自動車メーカーの開発の一端を担うことで評価される。事業としての採算性が見込まれることで、企業としての持続性が獲得できる。それがEVの未来につながるといえる。

「すべての自動車がEVになれば原油消費が27パーセント減、2.7兆円の石油輸入が減らせる」とは清水浩教授の言。モーターやバッテリーの小型化をどんどん進めているEVだが、小さくなることで実用性が上がるいっぽう、もたらすベネフィットは大きい。清水浩教授の大局観が、日本と世界のエネルギー社会に大きな貢献をすることを切に願っている。

清水 浩|SHIMIZU Hiroshi
1947年宮城県生まれ。1975年東北大学工学部博士課程単位取得退学。(博士号:工学博士)
1976年国立環境研究所(旧国立公害研究所)入所。1982年アメリカ・コロラド州立大学留学(14カ月)。1987年国立環境研究所地域環境研究グループ総合研究官。1997年退官後、慶應義塾大学環境情報学部教授に就任、現在にいたる。おもに環境問題の解析と対策技術についての研究(電気自動車開発、エネルギーシステム開発)に従事。以後、30年間で12台の試作車開発に携わる。2009年からは神奈川県と共同で電気バスの開発も手がける。2009年8月より、株式会社SIM-Drive 代表取締役社長。2011年3月、SIM-Drive先行開発車事業第1号試作車であるSIM-REIが完成。
著書に『温暖化防止のために 一科学者からアル・ゴア氏への提言』(武田ランダムハウスジャパン,2007)、『脱『ひとり勝ち』文明論』(ミシマ社,2009)など。

           
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