連載・Yoko Ueno Lewis|暮らしノート・第5回 「デザイン以前」
Design
2015年5月14日

連載・Yoko Ueno Lewis|暮らしノート・第5回 「デザイン以前」

The Way We Live with “STYLE”

暮らしノート 第5回 「デザイン以前」

私個人が、日本人でいちばんお会いして、お話をうかがいたいと思うのが建築家の安藤忠雄氏です。といっても、その逆はありえないので、これは夢のまた夢のかなたではあります。が、安藤氏の作品を訪ねることは容易です。建築家だった夫ジム・ルイスと、安藤氏の建築と安藤氏が若いころ訪ねたコルビュジエやミースの残した各地の建築を見てまわりました。

写真と文=Yoko Ueno Lewis(Feb. 2011)


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コンクリートという素材を使った自然とのコーディネイトの仕事

その数ある作品のなかでもやはりいちばん印象に残っているのが、コルビュジエの「サヴォア邸」と安藤氏の「光の教会」かもしれません。(「光の教会」については平松剛氏の『光の教会 安藤忠雄の現場』に感動的に書かれています)

なぜ、安藤忠雄氏なのか? 私がまだ京都芸大の学生で、無為無策にデザインに接していたころ、衝撃的に打たれたのがコンクリートを素材としてもちいた、「デザイン以前」ともいえる安藤氏の素材と向き合う姿勢と、コンクリートという強すぎる素材から得た勝利でした。そこから私自身の素材との対話仕事がはじまり、いまにいたっているといえます。

それは、「デザイン以前」ともいえる仕事で、言い換えれば、私の場合はデザイン以前にデザインが終っている可能性すらあります。それほど、素材は重要で決定的なのです。

私は安藤氏の建築を、コンクリートという素材を使った自然とのコーディネイトの仕事だと理解しています。なにをコーディネイトしているかというと、光、樹木、水、空、土、これらとのコーディネイションが安藤氏の建築であり、逆に光、影、木々といった自然素材(自然条件)に決定的ともいえる美の自由を与えるのが、ほかならぬコンクリートではないかということです。

上野容子|ミラノサローネ 04

上野容子|ミラノサローネ 06

今回の写真はミラノサローネで撮影したものです。サローネに参加するデザイナーたちの「デザイン以前」ともいえる素材としての木材の扱いに惹かれました。木でなにかを創るということのなかで、デザインで創ることと、素材で創ることのふたつの視点があると思います。どちらも結果としておなじかもしれませんが、後者のほうが個人的にはスタイルの自由をコントロールしやすいように感じます。

先月、高知県の安芸市の山林の間伐現場を見る機会がありました。まだ里山に近い現場でしたが、伐採したものを山から引き下ろす作業の困難さが、間伐材の利用を困難にしています。そこには、稀少となってしまった木こり職人の養成など人材の課題もあります。さまざまな課題や問題が複雑に絡み合うなかで、伐採され、きれいに積まれた杉の丸太がみずみずしい年輪を見せていました。無言でいて多くを語る年輪。

上野容子|ミラノサローネ 11

上野容子|ミラノサローネ 14

ヨーローッパの建築のカッティングエッジとして、いま、コンクリート打ちっぱなしと同様に衝撃的な美を放つ、板材打ちっぱなしのコンセプトが新鮮です。大量の無垢の板を均等に、あるいは一見ランダムにならべて、床、天井、壁、外壁、仕切りなどすべて板でこなす、壮絶ともいえる、板材の行軍、素材の存在感です。コンクリートと同様、自然素材(自然条件)に決定的ともいえる美の自由を与えてくれます。

乾燥や雨などの自然現象によるエフェクトも計算した、あらかじめの時間経過を見据えた木の素材の大量起用が、もう少し森林国である日本にもあっていいのではないかと思います。安藤氏の植林プロジェクトと同様、スローカルチャーと呼べる人類の責務にもつながる、ジャンルを超えた、プロジェクトの必要性を感じます。

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